Fortune 49


 転落するように、急激に動き出す。



 救難信号から約3時間、聖騎士団の飛空艇が町の上空に到着した。
 辺りは赤く、それは夕焼けが燃え上がる炎の色をより濃く映しているからだった。
 艇は立ち昇る黒煙を避けるように高度を下げ、部隊が降下可能な位置までくると機体を水平に保ちその動きを止めた。
「生存者の捜索を急ぎます。
 ギアを発見した際は殲滅よりも避難を優先してください。
 各部隊、大隊長の指揮に従い降下開始!」
「「「了解!」」」
 風と土埃に混じり焼けるにおいが充満する町に続々と騎士たちが降下呪文によって降り立ち、小隊毎にまとまるよう散開し、それぞれの役割で行動を開始する。
 それを上空からざっと把握し、は甲板から飛び降りた。
 降下呪文は使用せず、部隊から少し離れた位置に小規模の上昇気流を発生させ衝撃もなく着地する。
 ……希望を捨てる気はないが、この町はおそらく既に――
 が苦い表情で町を見渡していると、「また貴女は……」と呆れを含んだ声が聞こえてそちらに視線だけ向けた。
 こちらに向かって歩いてくるカイの面持ちも常よりも険しいもので、と同様のことが冷静に考えた上での可能性として彼の頭の中にあるのだろう。
 カイも彼女が何を思っているのか察したらしく、一度瞳を閉じ、次に真っ直ぐとと目線を合わせた。
さん、T型ギアによる有毒ガス被害の報告がありました。
 重傷者がいた場合は貴女も治療に回ってください」
「ああ、了解。
 とりあえずあそこのチームに合流して動いて、必要ならそうする」
「それで結構です。気を付けて下さい」
「そっちもね」
 じゃあ、と軽く片手を上げ駆けていく後ろ姿を見送ってから、カイは設置されたキャンプに行き付近の情報を確認し始めた。
 町の状態は既に壊滅に近かった。
 人の姿は目視できる範囲にはなく、周囲の半壊した建物内からも生きた人の気配は感じられない。
 倒れている亡骸の様子から、この地が毒によって汚染されていることが分かっている。
 彼女にはああ指示したが、生存者が残っているという可能性は極めて低い状況だった。
 町のつくりと規模は既に飛空艇内で頭に入れてあった為、現状の被害の分布を正確に上書きしつつ、人々が無事ならば避難しているであろう場所を推察し各大隊長へ通信を使って指示する。
 その間、既に動いている部隊からは生存者についての報告は入ってこない。
 いくつかの部隊が交戦に入ったという通信がリアルタイムで飛び交う中で、カイはぎり、と歯噛みした。
 そしてひと通りの指示を終えると、カイも数人の部下を連れキャンプを後にした。


 引き裂かれたような跡。
 赤黒く、液体を吸って固まった土。
 そんな光景が広がる場所だが、つい先程まで人々の営みが確かにあったという空気がまだ残っている。
 まだ収まりそうにない火の手を掻い潜りつつ、先へ進む。
 ここに来るまでにギアとの交戦はあったが、いずれも単体の小型ギアが数体で攻略は順調で隊にも負傷者はない。
 報告にあった大型と中型を未だ発見できていないのが気掛かりだが、そう考えている内に辺りの様子が変化してきたことに気が付き顔を上げた。
 ……こちら側は比較的被害が少ない……?
 の合流した部隊は町のメインストリートを進み、やがて1本奥まった歓楽街と見られる場所に出ていた。
 被害をまぬがれた家屋からは夕食時らしい香りが微かに漂ってくる。
 辺りには他の場所と同じく所々に被害にあった住民と見られる躯が横たわっていたが、その人数や建物の損壊は通ってきた他のエリアと比べて小さいように感じられた。
 ここまで生存者は見つかっていなかったが、もしかしたらこの辺りに逃げのびた人がいるかもしれない。
 は部隊の後方を付いて行きながら周囲に意識を張り巡らせていた。
 ――その時。
「ギアだ!」
 前方からの声と同時には走った。
 見えた影は大型クラスのもの。
 そう判断し、警戒する他の団員達の横を抜き去り彼らを背にして、対峙する。
 だが。
「……やられている?」
 影は不自然な形のまま脈動の気配すらなく沈黙している。
 はいつでも動ける態勢は崩さずそれに近付き、夕暮れが濃くなり悪くなってきた視界を確保する為法力で明かりを灯す。
 光を持ち上げ、至近距離でその様子を確認するが、動かない。こと切れている。
 後ろで包囲の陣形を組んでいた団員たちも、警戒は解くことなく、だがどこか戸惑った様子でそのギアに1、2歩近付き、それを見上げた。
 このエリアに先に到着した部隊はない。
 ではこれは一体誰がやったことなのか。
 団員同様、もその疑問を抱いた。
 そして。
 小さな息遣いに反応し振り返ると、近くの物陰で蹲っている人影を見つけた。
 遠目だが肩が上下しているのが見える。生きている。
 その場所は更に暗くシルエットしかわからないが、どうやら女性のようだった。
 念のため他の騎士たちにはその場で待ってもらい、はゆっくりと、だが警戒させないようしっかりとした足取りでその人物のもとへ近付いていく。
「大丈夫ですか?お姉さん」
 刺激しないよう薄ぼんやりとするくらいの光源を生み出し、目の前にかざす。
 その女性の姿がよく見えるようになり、しゃがみこみながら状況を確認しようとその人物を観察する。
 黒髪は顎のラインで綺麗に切り揃えられ、真っ赤なレザー素材のやたらと露出の多い服を纏っている。
 うん、派手を通り越して奇抜すぎる。
 歓楽街だからかなぁ……と、その女性の服装については今は気にしないことにした。
 変わった格好ではあるが、大きな外傷は見られないし、平常に呼吸しているということは毒による被害も深刻ではなさそうだ。
 目をつむったままのその人へ向けて続けて呼び掛ける。
「お姉さん、意識はありますか?」
 むき出しの肩に触れるのは憚られた為服越しに腕へと触れようとした。
 だがその直前、ふるりと長いまつげが震え、は手を止めた。
「あ……」
「気が付きました?」
 ぼんやりと持ち上げられたまぶたの奥から左右色の違う光が覗き、はあれ?と首をかしげる。
 しかし意識の戻ったその女性が幾度か瞬きしてからこちらを見上げてきて、ああなるほど、と珍しい性質のその瞳を見つめ納得した。
「あなた……だぁれ……?」
 妙に艶っぽくかすれたその声に、同性だというのに頬が熱くなった気がして焦る。
 おいおい、そんなけはないぞ、と内心で自分に突っ込みを入れつつ、光の加減で色が変わるらしい不思議な瞳を覗き込んで、告げる。
たちは聖騎士団です。まあ詳しくはあとで。取り敢えず貴女の治療を……」
「怪我はないし気分も悪くないわ……ちょっと、疲れちゃっただけ」
「……そうですか。じゃあひとりで大丈夫ですか?」
「――おいおいお嬢!?」
 後ろから慌てた声が割って入り、はきょとんとした表情でそちらを見る。
「何?」
「おま、こんなところで倒れていた女性に対してひとりで大丈夫?はないだろ!?」
「えーと、」
「こんなにか弱そうな女性だぞ?我々は聖騎士として保護する義務がある!」
「……あー、そういうこと」
「何がだ?」
「騎士道精神ってやつもいい言い訳になるなーって話」
「……何がだ?」
 顔がひきつってんぞ――とは突っ込まず、は今一度女性に視線を向ける。
 確かにとびきりの美人だよなぁ。
「気を悪くされたならごめんなさい。こいつらの代わりに謝ります」
「うふふ、いいのよ」
 その和やかなやり取りが不思議だったのか、後ろの騎士が今度はハテナを浮かべる。
 手を貸さなくても動けるか?という意味で言った言葉だったのだが、どうやら違う解釈をしてしまったようである。
 まさか無傷だとはいえ被災地に残された民間人を救助せず放置するなどあり得ないだろうに。
 下心で言葉の意味が補整されたのか?とは冷ややかな気持ちになる。
「でもちょっとひとりでは立てないかも……」
「念のため聖騎士団のキャンプにお連れします。そこで治療班に処置してもらいましょう」
「優しいのね」
「当然のことですよ。だから、お姉さんも気を使う必要はないですから」
「ありがとう……それにしてもあなた、可愛い女の子なのに危ないお仕事、してるのね」
「んー、まー成り行きで」
 女性は座り込んだまま手を伸ばして帽子を拾い上げる。
 ……改めて見るとスゲー服だなオイ。
 その動作でかなり際どいところまで肌が露出したのを目にしてしまいこちらが焦るが、本人は気にする様子もない。というか、わざわざそういう服を着ている人だ、要は、何と表現すればいいのか、そういうことなのだろう。
 そんな心の中の突っ込みを知ってか知らずか、女性は濡れたように艶のある唇に笑みを乗せを見上げてきた。
 何故そんな目で見るのだろうと訝っていると、彼女は力を抜くように再びゆっくりと瞼を閉じていった。
 眠りについたのだと確認すると、は後ろで様子を覗き見るように窺っていた団員(今はちょっと騎士とは呼びたくない)に担架を持ってくるよう伝える。
 そして通信用のメダルを取り出すと、キャンプの司令部とカイに向け同時に回線を繋げた。
「大型ギアを発見、こちらに損害なし。
 あと、生存者を発見したよ。大きな怪我はないけれど毒が心配だからうちのキャンプに連れていく。
 受け入れ準備よろしく」
『司令部了解。治療班に伝達します』
『町の捜索もまもなく行き渡ります。
 生存者の搬送は他の団員に任せ、さんは残りの団員を連れ別ルートで本部へ戻りながら引き続き捜索に当たってください』
「いや、それは逆にする。保護したのは女性だからね、も付いて行くよ」
『……分かりました。よろしくお願いします』
 ぱちん。
 メダルを閉じ、担架の戻りを待つ間に小隊の分担をする。
 数名をここに残し、小隊長をはじめとするほとんどの人員は捜索に戻ることとなった。
 残ったその数名に対してはが仮の指揮を執ることになったので、早速辺りの警護と捜索を指示する。
 そしてだけは女性の傍に残ることにした。
 ギアに対する警戒態勢をとりつつ、ちらりと背後の女性に意識を向ける。
 格好がどうとかではなく、この女性の醸し出す空気感で一般人でないことは確信していた。
 それも、力を持った側の人間。
 おそらくあのギアについてもこの女性は無関係ではないだろう。
 だから警戒は彼女に対しても向けていた。もちろん気取られないように。
 どういういきさつで彼女がこの場にいたのか、聞いたところでおそらく嘘をつくかはぐらかされるのがオチなのは容易に想像できたから、何も聞かなかった。
 そしてこれは完全なる自己判断だが、例え無傷であっても彼女は解放すべきではないと思えた。
 ちょっと、面倒なことになるかもしれない。
 そう考え嘆息しているところに、担架を取りに行った仲間がもうすぐ戻るという知らせが入った。
 女性は変わらず静かに壁にもたれて眠っている。
 自分の考えすぎであることを願いながら、は降りてくる宵闇を払うように輝きだした星を見上げた。