Fortune 30


 繋がりかけて、手に入れかけて、でも届きやしないんだ



 退く?何故――
『失ワレシ筈ノ力ヲ持ツカ……人間トハしぶといモノダナ』
 力……?
 語るジャスティスの視線はを捉えて外さない。
 そのある種強烈な視線をは真正面から見開いた目で受け止めた。
 の、ことか……?
 失われたというのはどういうことなんだ?
 いや、もっと単純に――
「知っているのか……?」
 の力。の記憶の手掛り。の過去を。
 からからに渇いた喉から発せられた声はひどく掠れていて。
 動揺と渇望とが心臓の音を否応にも騒がしくする。
『……因果ナモノダ――む!』
 ぅぐおぉんっ!!
 突如として横手から放たれた火炎が一直線にジャスティスのいた場所を貫く。
 その熱風に髪の先を一房焦がされたは、舞い散る自分の髪とその炎が渦巻き消えるのを呆然とした顔で見上げていた。
『……フン、乱暴ナ奴ヨ』
 余裕で避けたのだろう、ジャスティスは先ほどと何ら同じ姿のまま別方向に浮かんでいた。
 呆気に取られ固まるの隣で舌打ちがされる。
「……ごちゃごちゃうるせぇ」
 じゃき、と今の法力の放出で既にヒビが入ってしまった武器を気にもせずぶっきらぼうに構え、ソルは吐き捨てるように言った。
『……貴様ハ……ホウ、ソウイウツモリカ』
 クク、と嘲るようにくぐもった笑いがソルの耳には耳障りだったようだ。
 鋭い目付きでジャスティスを射抜き、威嚇する。
 だがそれすらジャスティスには愉しいものとしか映らない。
『……今ハ気分ガイイ。宣言通り退イテヤロウ――』
 言葉の終わりに深い笑みを含め、ジャスティスは忽然とその姿と威圧感を朱の射す色彩の中から消した。


 ――かつて何度か自分はこの言い知れない感覚を味わったことがあった。
 その度にぎりぎりのところで生き抜いた。
 相手は戯れ程度の力しか振るっていないという事実が、殊更恐怖と憎悪を煽った。
 立ち塞がる白い影。
 最強にして最悪のギア。
 それが。その気配が、まさに今そこにある。
 一人で行かせるのではなかった。
 団を束ねるものとしてのしがらみなど振り払って追えばよかった。
 自分への苛立ちにカイは後に続く団員達に速度を合わせることも忘れ、全力で街を駆け抜けた。
 進む毎に沸々とそれの気配が濃くなっていき、しかしふと、呆気ないほど突然に瘴気が跡形もなく消え去った。
 まさかもう――
 最悪の予想を振り払うようにカイは更にスピードを上げた。
 そして。
「――どういうつもりだっ!?」
 彼女の声が聞こえてきて無事だと悟り安堵する。
 しかしその声の迫力に戸惑いを覚える。
 カイは開けた場所に出、一瞬遅れで視界に飛び込んできた光景に驚いて足を止めた。
「何で邪魔した!?あいつは手掛りかも……っ、いや、絶対何かを知っていた!
 後少しで分かりかけたのに!何て事してくれんだっ!!」
 目の前で繰り広げられていたのは、カイが見たこともないようなの怒りようだった。
 ソルの胸倉に掴みかかり、吠えるかのように言葉を巻くし立てている。
「何なんだよお前は!を助けてみたり邪魔してみたり……っ!」
「…………」
「何とか言えよ!」
「……離せ」
「なら理由を言え!あの日だってお前はそうやって……!!」
 そこでは何かにはっとしたように目を見開く。
 ――まさか。
 ――でも、もしそうならば……
「……――いいから離せ。坊やが来てるぞ」
 溜め息混じりに呟かれた一言には小さく痙攣して動きを止める。
 そして今やっと気付いたのだろう、第三者の気配にそろそろと顔を向けた。
 そこには、困惑した様子のカイが立っていて。
 目が合っても、お互い声が出なかった。
 暫くして、ソルの胸倉を掴んでいたの手がずるりと下ろされた。
 その手が小刻みに震えているのがカイからも見えていた。
「……っ」
 は一瞬泣きそうに顔を歪めてから奥歯を噛み締め、無言で踵を返し歩き出した。
 カイの方へ向かって進んでくるが、彼女の表情は下を向いているせいで見えない。
 自分の横を足早に通り過ぎようとしたの手首をカイは突嗟に掴んだ。
 振り払われるかと思ったが、意外にもは抵抗せずに足を止めた。しかし顔は上げない。
「……何?」
「……っ、一体何が……」
 抑揚のない声に気圧されたように息を飲んでしまい、だがどうにか声を絞り出した。
 しかしカイの問いにもの顔が上がることはなかった。
 ただ下を向いたまま、
「悪い、今は一人にしてくれ……カイに当たりたくない」
 それだけを言い、カイの手をするりと抜けて行ってしまった。
 抑まらない激情を引き摺るように去っていったを、カイは振り返ることができなかった。
 一瞬でも、彼女を怖いと思った自分が信じられなかった。
 足が竦んで動かないなんて。
「――邪魔だ、退け」
 どん、と押し退かれたカイは二、三歩たたらを踏み、張本人を睨みつけた。
「何があった?彼女に何をした?」
 その台詞にソルは小さく笑い口を開いた。
「気になるか?」
「当たり前だ!……あの禍々しい気配は間違いなくジャスティスのものだった。いたのだろう、奴が?
 だがそれもすぐ消え――さんのあの様子を見れば何かあったとしか思えない」
「…………」
「答えろ」
「……まったくガキは煩くてかなわねえ」
「待て!」
 答えることなく溜め息混じりに歩き出したソルを止めようとカイが声を上げると、ソルは目だけで振り返った。
「追う相手が違うんじゃねぇか?」
 その言葉にカイの表情が険しくなる。
 その通りだ――が、この男に言われたということがカイの神経を逆撫でた。
 だが、それ以上は何も言わず、先に行くソルを追い抜き駆け出した。
 ご丁寧に横を通り過ぎる瞬間自分に特上の殺気を放っていった少年の後ろ姿を、ソルはその表情に何も浮かべず気怠げに眺めていた。