Fortune 24


 カイも疲れてんのかなぁ……?



 団長補佐という役柄を貰った日からカイといる時間は以前にも増して多くなり、デスクワークの多い日等はほとんど丸1日一緒、ということもザラであった。
 カイはどうだか知らないが、としては仲のいい奴と一緒にいるのは楽しいし別段苦にはならない。ただし仕事の多さは別にして、だが。
 しかし毎日同じ顔を見ているだけではやっぱり少し変化が欲しくなるもので。
 この騎士団にやってきてから半年以上。もちろんカイ以外にも友人はできていたから、休憩中にそいつらのところに遊びに行くこともある。
 だが、その度にどうしてかカイの機嫌が低下するものだから、なりに気を使って最近は控えていたりするのだ。
 まったく、団長になって色々不安があったり大変なのは分かるけれど……少し部下に対して厳しいのではないか?
 そして、今もは執務室でカイの手伝い(何だか分からん書類整理)をしているのだ。
 少し不自由な気もするが、まあ最初の内はこんなものなのだろう。
 カイもしばらくすれば団長業にも慣れはじめ、力を入れるばかりでなく抜き方も覚えるはずだ。
 トントンと書類を机の上で揃え十字に重ねていく。
 その高さがそろそろ自分の目線に近付いてきたので、新しい山を作ることにする。
 そしてその山はいつの間にか二桁になっていた。
 何でこんなに紙が多いんだ。
 単純作業に嫌気がさしだした頃、お昼の鐘の音が聞こえた。
「……よし、ご飯の時間だ!」
「あ、それ後少しですから終わらせてからにしてください」
「え~」
 遠くで響くそれが耳に入った瞬間に立ち上がったに容赦のない一言が降りかかる。
「……つーかさ、一応秘書官っているんだろ?そっちの仕事じゃないの、これ」
 の言うことはもっともだった。
 彼女も団長であるカイも本業は戦うことであり、机に向かうことではない。
 こういった事務的な仕事は本来専門が存在するはずだとは訴えた。
「前秘書官はクリフ様と共に引退されましたからね。今は空席なんです。
 それに、補佐のさんがいれば問題ないと思って」
「――ちょっと待て。じゃあ何か、にその仕事が回ってくると?」
「そういうことになりますね。ああ、でもできる限りは私の方で処理しますから」
 そう言ってにこりと笑うカイには真剣な顔を向ける。
「頼むから秘書おいてくれ。マジで」
「そうですか……?」
「そ・う・だ。大体にデスクワークできると思ってんのか?」
「きっちりこなしてると思いますが……」
「無理してんだ、察しろよ。が頭脳労働向きじゃないって」
「それもそうですね」
「間髪入れずに同意してくれてありがとよ」
 けっと吐き捨てつつ今し方頼んだ残務に取り掛かる姿を見て、カイは口元に笑みを浮かべた。
 察しろと言いながら納得したらしたで気分を害するのだから、彼女はわがままだ。
 だがそんな態度を見せても割り振られた仕事を完遂しようとする姿勢は性根の律儀さの表れなのだろう。
 自分とまったく違う感性と行動原理を持っていそうなのに、妙にの一挙手一投足は見ていて好ましく感じる。
 簡単に言えば、一緒にいると楽しいのだ。
 だから彼女が自分のそばにいる時間を長くする為に少々過剰な仕事を与えてしまっているというのも否定できない。
 その点については多少の罪悪感があるが、それでも自分の傍らに彼女がいて欲しいという思いが強い。
 私も相当わがままか、とカイは心の中で苦笑した。
「そこまで言うなら、近い内に秘書官を配属させますね」
 これで二人きり、という訳にはいかなくなるが、彼女を煩わせることはしたくないので仕方ない。
「そうしてくれると助かるよ。じゃ、ランチに……」
「それは仕事が終わってからです」
「……ちっ、厳しい奴」
「何か言いましたか?」
「いーや何にも」
は大仰に肩を竦め、降参したのかのろのろと残りの紙の束を仕分け始めた。


「BランチとCランチとあとデザートセットつけてもらって、追加でサラダ大盛も」
「お嬢は毎回よく食べてくれるからね、作りがいがあるよ。
 よし、おまけでデザートの苺多くしちゃおう」
「ラッキー♪おばちゃん最高~」
「そう思うなら今度からお姉さんって呼んでおくれ」
「了解、お姉さん!」
「あはは!今作るからちょっと待ってな」
 カウンター越しに中の年配の女性と和気藹々とした会話を始める
 団の中では女性は少なく、いるとしても救護班の助手的な人員と、ここ、食堂で賄いを担当している料理人が大部分。
 更に言えば若い妙齢の女性などほんの僅か。
 そんな中、実戦部隊に所属している女性は大変珍しく、男性に負けじと活躍するは本部の女性陣にやたらと可愛がられていた。
「おや、今日も団長様とご一緒かい」
「そーなんだよー。こいつったらやたらと仕事押し付けてきやがってさ~」
「人聞きの悪いこと言わないでください。普通ですよ」
「お前の基準で普通って言われてもとお前じゃ頭の出来が違うんだよ」
「……ああ……」
「だからそこで気の毒そうな顔すんじゃねぇよ!」
「……相変わらずだねぇまったく。
 団長様にそんな口きけるのはお嬢だけさね」
 呆れたような口調で女性は二人にそう呟くが、まるで聞いていない。
 こんなことも日常茶飯事と化してきて、聖騎士団も平和になったものだと思う。
 ともすれば、今が史上最悪の大戦の真っ只中だということすら忘れてしまいそうだ。
「――それにしても、団長様はもっと食べるべきですよ」
 いきなり自分が話題に上がり、カイはやや驚いて発言した人物――この食堂の料理長である女性に顔を向ける。
「お譲ほどまでとは言いませんが、もう少し量食べないとですよ」
「はあ……」
 出来上がってきた料理の量を比較するまでもなく、カイは小食過ぎだ。
 実は自分でも食が細い方だと自覚していたが、本当にこれで充分体は動かせるし戦いでも支障が出ないのだから、無理に食べる必要はないと思っている。
 でも、心配されるくらいなのだから無理にでも食べた方がいいのだろうか……
 その料理と考え込むカイを交互に見やり、次の瞬間、はけろりと爆弾を落とした。
「だからそんな細いんだよ」
 これには厨房の女性もびくりと顔を引き攣らせる。
 言われた当の本人は、……思い切り影を背負っていた。
「この前の健康診断だって、どう考えたって軽すぎとしか言えない数字……」
「言わなくていいです。自覚してます……」
 どんよりと落ち込んだ声を聞き、はやっと自分の失態に気付いた。
「あ、いや、ごめん。悪かった」
「それこそそんな気の毒そうな顔しないでください……」
 元々の体質のせいで思うように筋肉がつかないのだから、自分ではどうしようもない。
 そういう部分をストレートに言われると、悪意はないとは分かっていても流石に堪える。
「でも身長伸びたって言ってたし、大丈夫だよ成長期なんだから、うん」
「……そう思うことにしておきます」
 何とか回復してきたカイにはほっとした。
 そこに厨房の女性から再度声がかかる。
「とにかく美味しいものをよく食べてよく寝るのが一番ですよ、若いうちは。
 あまりお仕事の方にも根は詰めすぎないでくださいね」
 差し出された料理を受け取り、カイとはそれぞれ笑みを向けた。


「午後は実践訓練だよな?
 う~、ずっと座ってたから体固まっちゃったよ」
「……あんなに食べてよくすぐに動けますね」
「あー大丈夫だよ。軽めにしといたし」
 あれで軽めか。
 カイは先程のの食べっぷりを思い返し、胸焼けを感じた。
 どう考えても彼女の胃袋に収まりきるものではないとカイはを見て不思議になる。
「一体どこにあれだけの量が……」
「……何じろじろ見てんだよ」
 そんなには大食いか、と口を尖らせる
 彼女の困惑の声に、カイは不躾な目を向けてしまったと慌てて視線を逸らす。
 先程自分の体を細いと一刀両断しただが、彼女の方がよほど細いではないかと思い、どこか落ち着かない気分になり始める。
 ちらり、ともう一度彼女の方を見ると、眉根を寄せた顔を向けられる。
「何だよ本当に……」
 調子狂うなーと前髪を弄りながらぼやく彼女に曖昧な笑みを向けてその場を濁そうとしていると。
「おーいお嬢」
 聞こえてきた第三者の声に二人してはっとする。
「あれ、レックスじゃん」
「よ。――おっと、団長もご一緒でしたか。これは失礼しました」
 男は片手を上げに挨拶し、カイに気付きそのまま敬礼する。
 カイもよく知る顔だった。
 第一大隊でも有数の実力者であり、が入団した時に彼女との手合わせを申し出た団員。
 結果は……言わずもがな。
「すいません、ちょっとこいつに頼まれていたものを持ってきたもので」
「いえ……」
 団長であるカイに一言断るところを見るとどうやら私物の様子。
 それ自体は特に違反でもなんでもないので咎めることはしないが……
 こいつ、という言い方に無意識に片眉が上がった。
「これは……!マジで!?いいの!?」
「おう。前言っていた通り俺の故郷から送られてきてな。やるよ」
「やった!ありがと!」
 うきうきと跳ねださん勢いで喜ぶに彼も笑う。
 出会い頭の険悪さはすぐになくなったと認識していたが、これほど親しげに話すようになっているとは知らなかった。
 嬉しそうに顔を綻ばせる彼女と、その様子を見てうんうんと頷くレックス……その光景が何となく気に食わない。
「はは、お前見てるとこっちも嬉しくなるよ」
 上機嫌なレックスが何気なくぽんとの頭に手を置いた、瞬間。
 ――ばちぃっ!
 いきなり二人の間に落ちる雷撃。
 レックスが恐る恐る振り返れば、体から放電するカイの姿。
「へ……?」
 1拍遅れでカイヘ視線を向けたが呆けた呟きを漏らす。
 レックスに至っては……絶句して状態を仰け反らしたまま固まっている。
 二人の間、と言ったが、正確には彼の鼻先を掠めるくらいの位置だったようだ。
「……いやですね、変な虫がいるようですよ」
 焦げた地面からしゅうしゅうと煙が立ち昇る。
 夏ですからね、という静かな声は明らかにレックスへと向けられていた。
「気を付けて下さいね?」
 そう言ってカイは微笑を浮かべた。
 天使の笑みの裏側に恐ろしいものを感じ取ったレックスは一瞬で顔を青くさせる。
「……じゃ、じゃあな!渡したからな!」
「は?おい……」
「それ、何です?」
 一目散に駆け出す背中を引き止めようとするが、その前にカイが話しかけてきたので言葉を切る。
 脱兎の如く走り去った理由は分からないままだが、仕方がない。
「これか?レックスの故郷の銘菓なんだって。前貰って美味しかったから頼んどいたんだ」
 ほら、と箱を開けてカイに中身を向ける。
 カイが覗き込むと、中には焼き菓子のようなものが整列していた。
「美味しそうですね」
「だろ?
 あ、そうだ。訓練終わったらお茶淹れてよ。そんでこれ食べよ」
「ええ、喜んで」
 カイの快諾に気を良くしたらしいはカイの数歩先を鼻歌交じりで歩いていく。
 彼女が当たり前のように提案したお茶の誘いにカイは嬉しさを隠せず、こっそりと頬を緩ませた。


 追記。
「そいういやさっき虫なんていたか?」
「いましたよ、大きいのが」
「そうか……?」
 夏だからか?いやもう秋口だぞ?と首を傾げる
 執務室へ戻る道すがら、そんな会話が交わされたとか。