変化の中で、でも更に大きなことが起こりそうな予感がする。
「……また剣折れたね」
「……はい」
今は毎日行われる訓練の最中。
カイは離れた場所でひとり法力制御の精度を向上させるため剣に力を集中させていた。
そして訓練開始後ほどなく、何かの砕ける澄んだ高い音が響き、
がそちらに目をやると。
……柄の部分からボロボロ崩れる剣と呆然とするカイの姿が。
それを目にし状況を理解した
が彼に近寄り、冒頭の会話に戻る。
「何したのこれ」
はカイの手に残った残骸に視線を落とす。
「え、いや……」
カイは珍しく狼狽えた様子で不自然に縦に裂けるように割れ折れた刃の残る柄を目の前まで持ち上げた。
「法力を伝わらせたらこの有様に……」
「は……?」
じゃあ何か、力に耐えきれず剣の方が壊れたというのか。
「キャパシティオーバー……ってこと?」
「はぁ……おそらくは」
カイは困ったような笑いを
に向けた。
「この前の作戦でも同じようなことが起きてしまって……それで今試しに思いきり力を込めてみたのですが」
……うーん、確かにあの時も刃こぼれしていたしその前にも1本折ったとか何とか言っていたような……自分で手一杯で聞き流していたけれど。
「じゃあ強くなったってことじゃん」
がごく前向きな意見を言うと、彼女の予想では喜ぶかと思えたカイはしかし顔を暗くさせた。
変に思って訝っていると、彼の口はこう綴った。
「……そうなると使える武器がありません」
「……あ」
もそこには気付かなかった。
いくら強大な力があってもそれについてこられる武器がなければ奮うことはできないのだ。
彼女のように素手で戦う者を除いては。
「……困ったね」
お手上げとばかりに
は溜息をつく。
こればかりは
にもどうしようもない。
できるとすれば、既存の武器に合わせた出力に慣れられるように訓練に付き合うくらいだ。
するとカイは意外な台詞を呟いた。
「まあ、心当たりがないわけではないんですがね……」
「え?じゃあ……」
解決策があるならば、と
が意気揚々と声を上げるが、カイは首を振った。
「あれは神器です。まさか私が持てるものではありません」
「神器……?」
聞き慣れない言葉に
は小首を傾げた。
「聞いたことは……ないですよね、一応騎士団にのみ伝わっているはずのものですから」
「何なのそれ?」
「簡単に言うと昔より伝わる強力な武器です。
ただ属性やら相性やらがあるそうで誰にでも扱えるというわけではありませんがね」
「……それ、ここにあるの?」
「ええ。私も保管されている場所は知りませんが、二つの神器を所有しているというのは確実のようです」
「じゃあそれを……」
「でもあくまで噂ですから。大体そんな大それた伝説級の代物、私ごときが欲しがるなど分不相応もいいところです」
……既存の武器が追いついていないのだから分不相応も何も無いと思うが。
謙虚なのか一周回って天然ボケなのか、カイはたまにこちらが戸惑うよな物言いをしてくれる。
「今度じっちゃんにそれとなく聞いてみたら?」
「そうですね」
は本気でそう提案したのだが、カイは冗談のつもりのようだ。
この調子だとカイから言い出すことはないだろうし、今度自分からそれとなく聞いてみるか。
そう
が考えていると。
「……
さん、お手合わせ願えますか?」
いきなりの申し出に
は目を瞬かせるが、次の瞬間には笑みを浮かべた。
「どうしたよ突然?」
「いえ……予定していた訓練もできそうにないですし、いい機会ですから」
「うん、
は構わないよ」
「では……と、代えの剣を持ってきますね」
「おう」
はカイを待つ間準備運動を始めた。
そういえば、カイとの手合わせは初めてかもしれない……いや初めてだ。
聖騎士団にやってきて半年近く経つが、意外も意外、カイと組み手などしたことがなかった。
……ちょっと楽しみになってきたぞ。
カイがあの調子だから法力なしの手合いになるだろうが……さて、どんなものかな。
戻ってきたカイの目を見つめ、
は間合いを取った。
……これは何度か作戦に出て思ったことなのだが。
「カイって人に対してとギアに対してとで強さが違うね」
組み手を行う中で、
がこぼした言葉だった。
「え?」
の体から身体強化の法力が消えたのを見て、カイも訓練用の模造刀を下ろした。
「ギアにはこれでもかってくらい強いのに、人相手だとそれほどでもないっていうか……」
うーん、と
は腕組みして考え出す。
(女)相手だから手心を加えているという様子ではなく、戦場での戦法と今の動きの違いに気付き、
は唸った。
……ソルに対しては対ギア並に強かったけれど。
今手合わせした感じだと、強いことは強いがそれほど脅威でもない気がした。
悩みだす
に、カイの返答はごく軽いものだった。
「それは当たり前ですよ。私達はギアと戦う為にいるんですから」
それこそ一点の曇りもないカイの言葉にしかし
は何かが引っかかった様子で、笑い返すことができなかった。
カイの言うとおり、聖騎士団はギアと戦うために作られた組織だ。
対人での制圧方法とギアを相手取った殲滅では確かにやり方が異なるのは分かる。
だけど……
考えて、
はぶんぶんと頭を振った。
それにカイは少し首を傾げたが、
は「何でもない、気にしないで」と言って訓練を再開させた。
今、聖騎士団本部内には団長の姿はない。
誤解のないように言っておくが、決して空席になったわけではない。(当たり前だ失礼な奴め)
一個小隊を連れてどこかの支部の応援に行ったらしい。
わざわざ団長が出向くほど切迫した戦況ではないようなのだが、クリフは武器を取り部下を引き連れて行ってしまった。
直接攻撃部隊である第一大隊隊長のカイはむろん同行を進言したが、何故か待機を言い渡された。
命令ならば仕方がないと、カイは諦めてクリフらを見送った。
――ただ、クリフが連れていったのがソルのいる小隊だというのが不満そうであったが。
その為団内で訓練や書類整理をして帰還を待つばかりである。
もしギアの急襲があったらすぐ対応できるように、と準備にも抜かりはないが、その気配は全くと言っていいほどない。
静かすぎて、逆に何か悪いことが起こる前触れではないかとカイは危惧していたが、
に鼻で笑い飛ばされた。
「んなことで心配してたらキリがないっしょ」
心配性過ぎて損だ、と笑われて少しばかりむっとしたが、自分でもそう思っていたので反論できなかった。
その数日の間、聖騎士団では戦時下であることが嘘のように、粛々と時間が過ぎた。
――そして、遠征部隊から帰還の通信が入ったのは出発後4日が過ぎてのことだった。
「クリフ様!?」
「じっちゃん!」
どうやらカイの悪い予感は当たってしまったようである。
団長クリフが痛手を受けて戻ってきたのだ。
カイと
は飛空挺の発着所で他の団員と帰還する船を待っていたのだが、どこか受け入れ準備を進める救護班の様子が慌ただしかったのが気になっていた。
彼らが飛空挺を出迎えるのは作戦のごと、いつものことであったが、今回は常ならぬ焦りが見られた。
カイが適当な班員を見つけて問うてみると、命に危険はないものの重傷者がいるようなのだ。
カイはそれを聞き眉をしかめ、
もまた険しい表情で上空に視線を向けた。
そして場面は戻る。
「どいて!じっちゃん!」
は飛空挺の搭乗口を取り巻く団員を押し退けクリフの前へ出た。
「クリフ様……!」
その背後に追いついたカイが息を飲むのが分かった。
肩を借りて降りてきたクリフの背中には袈裟掛けに大きな裂傷があった。
船内では満足な治療ができなかったのだろう、止血はされているが十分とは言えないものだった。
「……おぉ、
か」
大怪我を負った老人の口調は場違いなほど穏やかだった。
それに
はぞっとした寒気を覚えた。
「早く担架を!」
クリフを支えていた団員が救護班を急かし、到着した担架にクリフはは横を向くように乗せられ、その目を
に、そしてカイに向けた。
二人が口を開きかけたとき、先にクリフがにっと笑った。
「いい若いもんが何を辛気くさい顔をしておるか。
儂なら心配ない。だからそんな顔をするな」
痛くないはずはない。我慢しているのだ、皆に心配をかけないよう。
が顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「……
も一緒に行く」
「来んでええ。……ああすまない、そういう意味ではない。本当に大したことはないんじゃ」
「後は私どもが全力で治療に当たります。ご心配はいりません」
そう言われ
は踏み出しかけた足を戻した。
「救護班は優秀です……後は任せましょう」
「うん……」
運ばれていくクリフを見送る
にカイがそっと声をかけた。
追いかけようとする
を引き止めつつ、カイもまた動揺していた。
クリフがあれだけの負傷をしたのは見たことがなかったからだ。
「……一体何で……」
「油断したところを後ろからばっさり、だ」
ぽつりと
の口から溢れた疑問が風に溶け消える直前、飛空挺から降りてきた人物がそれに答えた。
「ソル……」
が上の空のような声でその者の名を呼んだ。
いつもなら顔を合わせた途端何かにつけて彼に突っかかるカイも、今回は場合が場合な為、堪えた様子でソルの言葉に耳を傾けていた。
「後ろって……じっちゃんが背後を取られたってこと?」
もしそうだとしたら、あまりにも……
「じじいもそろそろ限界ってこった」
ソルの口からさらりと吐かれた言葉は
が考えていたこととほぼ同じ意味で。
彼女はぐっと表情を歪ませた。
「貴様、クリフ様を愚弄する気か」
「事実だ」
「いい加減に……!」
「坊やだってどこかでそう思ったはずだ。
――そっちの嬢ちゃんにしたってそうだろう」
「――……」
「
さんまで……?」
カイの目を真っ直ぐ見返すことができず、足元に視線を落とした。
ソルの言っている事は間違っていない。
常識で考えれば、今まで戦ってこれたことのほうがおかしいのだ。
でも、
は……
「じっちゃんは
の目標で、超えられない壁なんだ。
……年取ったって、衰えたってそれは変わらない」
のその言葉を聞き、カイは安心したように微笑んだ。
その横で立つソルの表情は変わらなかったが。
「限界だって言ったって、まだまだ充分強いもん」
ぐっと拳を握り熱弁する
にカイはしっかりと頷き、ソルはそんな二人を感情の読めない表情で一瞥だけして建物内に戻っていった。