Fortune 18


 こじつけ過ぎるんじゃないか、それ……
 
 
 
 ソルは本隊とはまるで別行動をとっていた。
 散開の命令が下された途端、当たり前のように部隊から外れ単独でどこかへ消えてしまった。
 取り残された団員は呆気にとられたが、捜しに行けるような状況ではなかった。
 ギアが現れ、それきり有耶無耶になってしまったのだ。
 そして、その当のソルが何処へ行ったかというと、結果的に目的は皆と同じだった。
 ギアを倒しにいったのだ。
 近場に落ちていた瓦礫という名の材料で武器を調達し、次々とギアを屠っていった。
 彼の瞳は不自然なほど無感情だった。
 粗方片付けて本陣に戻る途中、ソルは一際大きな法力の余波を感じた。
 気になってそちらに向う。
 ――と。
 気温が急降下したのを感じ取った。
 更に進むと。
 その一帯だけ空気が凍りついていた。
 比喩表現ではない。
 辺りの瓦礫には霜が降り、雪の降る季節でもないというのに、スターダストが舞っていた。
 細かな氷の破片が空気中に舞い、ひんやりとした輝きが視界全体に広がっている。
 その中心で、今にも動き出しそうな姿のまま氷漬けにされているギアらしき物体を目に留め、ソルは目を細めた。


 ……息が白い。
 法力の余波が収まり落ち着いてみれば、肌にちくちくと冷気が突き刺さるのに気付いた。
 これほど広範囲の大気に干渉したのは初めてで、自分でもどこまで効果が出るのか分からなかったが……どうやら十分過ぎたようだ。
 氷塊の中に閉じ込められたギアの上に降り立ち、霜の降りた表面をコツコツとつま先で蹴ってみる。完全に凍ったようだ。
 自分の法力――気の力は少し変わっているようで、よく知られる人の体内外の生命力や気力と表現されるものに触れる力の他に、大気に干渉できるのだと気の扱い方を教えてくれた人からは言われた。
 後者の力の使い方として、主に風を発生させること、気圧を操作し氷を作り出したり逆に沸騰させることなどが可能だ。
 今回は、ギアの周囲のみ気圧を急降下させ、理論上すべての原子の運動が停止する絶対零度に近い極低温状態を限定的に作り出した、というのがこの技の正体だ。
 この状態で攻撃を加えれば容易に砕けるだろう。
 完璧に仕留められたことに安堵し、次の瞬間ははっとして下を見下ろした。
 まさか皆まで氷漬けなんてことには……
 どきどきしながら周囲を伺うが、皆白い息を吐いているだけで(少しばかり寒そうだが)無事なようだ。
 よかった、とは本当の意味でほっとした。
 ずり落ちかけたヘアバンドを持ち上げようと手をかけたとき。
「……フォルトゥナ……」
 誰かがそんな言葉を呟いたのを聞き取った。
 その聞いたことのない単語には首を傾げ声の主を捜そうと首を捻る。
 が、自分を見る団員が口々にその言葉を言い始め、は分けが分からずにおろおろとその場で右往左往しだした。
 何なんだ、一体皆いきなり何を言い出すんだ?
 今の衝撃で皆頭がやられてしまったなんてことはないと思うが……
 が混乱し始めたとき、すぐ足下の方から知った声がした。
「球体……運命の輪……」
 淡い金髪。白に青があしらわれた団服。
「カイ……?」
 カイまでもがおかしなことを口走っている。
 何故か眩しそうに見つめてくるその目に、はいい加減居た堪れなくなり、そこから飛び降りた。
 視線が集まり何事か囁かれれて……その異様な雰囲気に気圧される。
 は眉根を寄せたままカイの側に行くと。
 彼女が降りてくるとわっと人が集まってきた。
 は突然のことに身を引くがカイに止められた。
 何で、訳が分からなくて怖いんだけど、と助けを求め彼の顔を見るが笑顔が返ってくるばかり。
 何だ。
 何なんだ。
 の心情もお構いなしに、団員達はすぐさま彼女と隣のカイを丸々包囲してしまった。
 ……逃げ道がない。
 は何だか分からない盛り上がり方をする彼らの顔をひきつった表情で見ている。
 一体何なのかと疑問を口に乗せようとしたそのとき。
「素晴らしい!まさかこれほどとは!」
「窮地を救われるとはこのことだ!」
「ああ、まさに女神の名にふさわしい!」
 ……は…………はぁ……?
「ちょ、何がめ」
 「神話の通りだ!神は我々をお見捨てにはなっていない!」
「がみ」
 「そうとも!今こうして女神が我々の前に現れたんだ!」
「なんだよ……って」
 「まだ希望は消えていないぞ皆!聖騎士団には神の御使いがいるのだ!」
「聞けー!!」
 興奮した団員たちに歯止めをかけたのは主題になっている当人だった。
 荒い息をついて彼らを睨むように見つめている。
 大声を当てられ、ようやく彼らは白熱しすぎてしまったことに気付いたようだ。
「まったく話が見えない。
 何なのフォル何とかだとか………め、女神とか……」
 最後の方の声が小さくなったのは恥ずかしさ故であった。
 何でこんな思いをしなくてはいけないのだ。
 ただでさえ残り少ない精神力がガリガリと音を立てて削られていく気がする。
 ああ、何だか本当に目眩を感じる。
 自分と周りの温度差がいっそ不気味に思えてきて、周りの顔を見回し、カイに辿り着く。
「……カイもさっき何か言ってたよな?」
 説明を求めるように真っ直ぐ見つめる。
 カイはやはり眩しそうに目を細め見つめ返してくる。
 居心地悪いなぁ……
「ローマ神話の運命の女神……という存在を知っていますか?」
 ゆっくりと、だがはっきりと綴られた言葉。
 これが今皆が沸き立っていることと関係しているのだろうか。
 は続きを待った。
「その女神はその名の通り、月下の世界の運命を司る女神です。
 不安定な球体に乗り現われ人々に運命を示すとされる神……それがフォルトゥナです」
 説明を受け、そのフォルトゥナとやらが運命の女神だというのは分かった。
 分かったことにしてやる。
 けどさ。
「……それがと何の関係が」
 別段女神といわれるほど美人でもないし気位が高いわけでもない。
 自分で言っていて悲しくなるが――こんな自分を何故?
「皆には貴女がそう見えたんですよ」
 だからそれじゃ分からないって話なのだが。
 要領を得ない返答に段々イライラしてきた。
 話を聞くの顔が結構険しかったようで、カイは慌てて付け足すようにこう言った。
「よ、要するに貴女が破壊したギアを球体に見立て、フォルトルナの姿を重ねて見たのだと思いますが……」
 その説明にふむ、と口元に手をやり背後の氷漬けになったギアの残骸を見上げる。
 まあもとが丸っこい形態のギアだったからな……でも無理がないか?
 こじつけにも程があるだろう。
 するとこそっとカイが耳打ちをしてきた。
「一種のげん担ぎみたいなものですよ」
 げん担ぎっておい。
 そんな理由で祭り上げられては堪ったもんじゃないのだが。
 はこめかみを押さえ溜め息をついた。
 まったく大の大人たちが何を神頼み的なことを言い出すのか……しかもかなり乗り気で。
 そんなもん、却下だ却下。
 あー頭痛い。
 がつんがつんする。
 がつん……
 ――ずる
 頭を押さえたまま突然が倒れた。
 その体を咄嗟にカイが受け止め、瞬間、周囲の団員たちが息を呑む。
「……大丈夫です」
 ややあって、の頬に触れながらカイが言った。
 そろりと彼女の体を横抱きに抱えて立ち上がる。
「眠っているだけです。
 どうやら相当無茶をしたようだ……」
 中型、いやあれはもう大型のレベルだった。
 手負いとはいえそんなギアをほぼ一撃で倒したのだ。どれだけの負荷が彼女に圧し掛かったのか、推測するまでもない。
 意識を失うまで力を使い切るなど、よほどの覚悟と苦痛があったはずだ。
 彼女の力のお陰でこの作戦は形勢逆転できたわけだが、当の本人に負担が集中してしまったこの結果は、隊長位を預かるものとして反省しなければならないだろう。
 だが、今は純粋に彼女を讃えたかった。
「……よく頑張りましたね」
 自分の腕の中で静かに目を閉じるに、カイはそっと微笑みかけた。
 その時、雲の切れ間から日の光が射した。
 柔らかい光は彼らを包むように降り注ぐ。
 照らし出される二人の姿は、陳腐な表現ではあるが、まるで1枚の絵画のようだった。
 カイがを抱きかかえる様はまさに女神を守護する天使のようで。
 団員達は戦いが終わった静けさの中、その神秘的な光景にただ見惚れていた。