仲間と共に戦うのがこんなに辛いなんて、
は知らなかった。
※この先少々話が痛々しいです。ご注意ください。
カイ、ソル、そして
。
三人揃っての作戦が今初めて繰り広げられる。
最前線を任される第一大隊の長を歴代最年少で務めるカイ=キスク。
入団早々の手合わせでカイと互角以上の闘いを見せたソル=バッドガイ。
二人とも抜きん出た実力で他を圧倒し目立つ存在である。
だが彼らの更に上をいく一番の異色がこの物語の主人公、
=
であった。
最年少のカイより年齢は(だいたい/おそらく)二つ上だが、それでも十分に若い、まだ子供ともいえる年齢。
しかし異色である最も大きな理由は別のところ、『彼女』の性別による。
法支援部隊や救護班に少々の女性は存在するが、実戦に直接足を踏み入れる隊に配属された女性は未だかつていない。
それは古くさい伝統でも理不尽な慣習や差別でもない。
単純な男女差が戦闘力には存在してしまうからだ。
中にはずば抜けた法力を有する女性もいる。
だが、そんな彼女らがギアと直接対峙して対等に戦えるかというと必ずしもそうではない。
いくら法力が高くても戦うに十分な身体能力を持っていない、ということがほとんどであったし、また女性が騎士に志願するということ自体が稀であったからだ。
の場合はカイにスカウトされての入団だった為また事情が異なるが、つまりは大変珍しいということ。
事実彼女の存在は聖騎士団内で浮きに浮いていた。
加えて言えば周りよりも華奢で小さな体をしているくせにバカ強いことがそれに拍車をかけていた。
団内きっての実力者であるカイや現団長のクリフ=アンダーソンにも認められる実力に、誰もが一目置いていた。
カイが扱いに手こずるあのソルでさえ、子供扱いはするもののどこかカイに対するものとは違うような風であった。
そんな三人が同じ戦場に出る。
真剣な戦場で楽しみだとか期待する己の心中は不謹慎だと多くの団員は認識していたが、 それでも純粋な強者への興味は止められるものではない。
――誰ひとりとして予測などしていなかった。
そう、調査により弾き出された戦力差を見る限り難しくない作戦のはずだった。
だが今、戦況は芳しくないどころか最悪と言ってもよかった。
作戦開始から2時間弱が経過した今、小隊の半分以上が全滅したとの報告が本部に届いたところだった――……
どうして……
焦る気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃに混乱する。
どうして前へ出たりするんだ……
足元に横たわるのは、さっきまで一緒に笑って話していた人。
気の良さそうな人だった。冗談を言えばそれに乗ってくれるような面白い人だった。
遠くで暮らす家族の話もしてくれた。待たせている人がいると言っていた。
でももう彼は目を開けない。
安らかな顔をしていることが、余計に
を苦しめた。
確かに劣勢だった。
楽には勝たせてもらえないなと思いながらも、でもまだ危機感はなかった。
皆が生きて帰れると信じて疑わなかった。
は
が周囲の人より戦闘力があることを客観的に自覚していたつもりだった。
だからいざとなったら自分が皆を守ればいいのだと楽観視していた。
でも自惚れだった。
は、目の前で食い破られる仲間を救えなかった。
彼は
の背後から近付いてきていたギアとの間に割り込み、
が振り向いた瞬間に爪に貫かれた。
どうして。
どうして前に出たんだ。
は気付いていたんだ。後ろにいることを。
目の前のギアを片付けたらそいつの爪をかわして空振りしたところに技を叩き込んで。
そうやって算段をつけていたんだ。
は庇ってもらわなくても大丈夫だった。
この人が死ぬ必要はなかったんだ。
なのにこの人は飛び出してきた。
不意の行動に
の反応は遅れ、彼が最期に見せた笑みが地に沈んでいくのを目で追うことしかできなかった。
人の死がこんなにも怖く恐ろしいものだったなんて、今まで誰も教えてくれなかった。
だって
はずっとひとりでやってきたから。
「
さん!!」
腕が思い切り引かれ、前髪がひと房ぱさりと切り離されたのが見えた。
が元いた場所には人の胴体ほどもある爪が地面を抉り突き刺さっていた。
彼の亡骸がその衝撃で呆気なく弾き飛ばされる。
ぬるりとした飛沫が頬に当たった。
「気をしっかり持ってください!!でないと貴女まで……!!」
カイは
の腕を掴んだままギアを睨みつけていた。
手にする剣がばちばちと雷電を帯びている。
はまだ声が出せなかった。
今まで仲間を持たずに賞金稼ぎをしていた彼女は、親しい、いやそこまでいかなくても近しい人の死を目の当たりにしたことはなかった。
それが自分を庇って人がひとり死んだのだ。
平静でいられる方がどうかしている。
カイは今来たところだったので細かな事情は知らなかったが、近くに投げ出された団員の亡骸と
の呆然とした様子から大体の予想はついていた。
不味いことになったと歯噛みする。
このままでは言い方は悪いが彼女はこの戦場では使い物にならないかもしれない。
これが初陣というわけではない。
何度か経験を積んだ。その上で彼女はその力を発揮できていた。
それらはすべて順調に進んでいた。
故に、今までが上手くいきすぎていたのだと気が付けなかった。
大きな損害が出る作戦はこれが初めてだったのだ。
そういう場面で、彼女がパニックを起こす可能性は低いと勝手に考えてしまっていた。
そして自分が都合良く彼女の戦闘力をこの作戦の当てにしていたことは否定できない。
まずそこから今回の作戦は間違っていたのだ。
カイは戸惑いつつもどうにか彼女を無事に本陣へ送り返そうと必死に考えを巡らせる。
だがどうしても危険は避けられない。
カイがぎり、と柄を握りなおしたそのとき。
の腕が自分の手から外れた。いや、彼女が自分から外した。
カイがそちらに意識を奪われたその一瞬の間に、
は今までとは比べ物にならないくらいのスピードでギアを切り刻んだ。
あまりに尋常でないその動きに、カイは動くことを忘れたかのように固まりギアの体がいくつかに分かれ絶命する様子を眺めるしかできなかった。
確か
は素手だったはずだが、と今はどうでもいいような疑問を持ったが、それはすぐに解明された。
彼女の両腕には淡く光る法力が凝縮して巻きついているようで、おそらくそれが鋭利な刃物にも勝る切れ味を生んだのだろう。
今まで彼女がそういった技を見せたことはなかったので少々驚いた。
目の前の攻略対象であるギアが破壊されたことで禍々しい殺気が消え、静かに風が吹いた。
着地したままこちらに背を向けている
の表情はカイからは見えなかったが、その後ろ姿はひどく哀しく思えた。
「許さない」
弱々しく感じた空気は一変して恐ろしいほど荒々しいものへ。
カイはぞっとしたものを感じて歩き出した彼女を追った。
「
さん!」
いつもの彼女とあまりに違いすぎる雰囲気にカイは不安を覚える。
まるで彼女がいなくなってしまうような嫌な予感がして思わず
の肩を掴んだ。
「
……」
「何?」
冷たい声にびくりとする。
しかし向けられた表情が声よりも柔らかいものだったので少しだけ安心した。
そして思いがけずカイの心配げな表情を直視してしまい、
はばつが悪そうに顔を歪めた。
そしてふっと自嘲気味に口端を持ち上げる。
「
馬鹿だった」
「え?」
カイは呟かれた言葉の意味が分からず目を瞬く。
「今までそれなりにひとりでやってこれたからさ、自分は強いんだって錯覚してた」
僅かに足早になった
を追いかけるようにカイは横に並んだ。
「馬鹿だよ自惚れちゃって。仲間に守られなくても
なら平気だとか考えちゃってさ!」
がつんと乱暴に瓦礫を蹴り飛ばす。
人の背丈ほどもあるそれは簡単に崩れた。
「こんだけ壊す力があったって!
はあの人が殺されるのを、目の前だったのにどうすることもできなくて!」
ばっとカイを振り仰ぐ。
泣いているような笑っているような震える表情がとても痛々しい。
「は……っ、一緒に笑っていた人に庇われて何で
……!」
「
」
考えるより先に抱きしめていた。
悔しかった。何も言うことができない自分が。
哀しかった。自分を責めることしかできない彼女が。
傷ついた心までも包み込めるようにと、カイは力の限り、でも限りなく優しく彼女の細い体に腕を回した。
はされるがままに、けれど体全体に感じる人の温かさに堪えていた感情が溢れ出してしまいそうだった。
でもどうしても泣きたくなかった。
これ以上は誰にも、弱いところなんか見せたくなかった。
「ごめんね……」
辛いのは皆一緒なのに、
ばかり我侭言って。
カイだって今日だけじゃない、これまで
以上に人の死と向き合ってきただろうに。
「もう大丈夫だよ」
人の温もりって不思議だな。
あんなに苦しく痛んでいた心が今はもう大分落ち着いている。
はぽんぽんとカイの背を叩く。
もう移動しなければ。
戦場でいつまでも同じ場所に留まっているのは危険だ。まだまだギアはいるのだから。
「貴女は……」
腕の力を緩めてくれるかと思いきや、カイは一層力を込めてきた。
はそれに戸惑い彼の名前を呼ぶが、彼はまるで聞いていない様子だ。
「もっと人を、私を頼ってください」
泣き言を言ったのはこっちなのに……どうしてカイがこんなに悲痛な声を出すのだろう。
はカイの方を見ようとしたが、彼がぐっと頭を押し付けてくるものだから向けやしない。
側頭部に感じる圧迫感に困ったなと心の中で溜息をつく。
「
さんは見ていて危うすぎます」
真摯な声音に
は観念して耳を傾けた。
だが、どうしても言葉より彼の泣きそうな声の様子に気がいってしまう。
「無理して抱え込まないで、さっきみたいにぶちまけてくれたっていいんです」
は冷静さを取り戻した頭で回想する……が、わめき散らしたことへの羞恥がまず彼女を襲った。
気まずげに押し黙ると、カイがくすりと微笑んだのを感じた。
「大丈夫です。全部受け止めますから」
何だかカイが早々と話を進めていくので
は相槌を打つので精一杯だった。
でも。
「……でも、重荷になったら捨ててね」
カイの足枷にはなりたくなかった。
自分のせいで誰かが傷付く事など、もう二度と御免だ。
だからそう言ったのに。
「捨てるなんて馬鹿なこと言わないでください」
は少しどきっとする。
彼が怒っているように感じるのは気のせいではないだろう。
あの人といい、カイといい、何故そこまで
のことを気にかけるのだろうか。
そんなことをするメリットが思い浮かばず、困惑する。
「……とにかくいいですね、私を頼りにしてください。全力で助けますから」
もしかしなくてもこれはYesと答えなければ開放してもらえないんじゃないだろうかという懸念が生まれ、
はよく分からないまま、おとなしく首を縦に振ることにした。
カイは
のその反応にようやく満足してくれたようで、そっと腕を解いた。
「約束ですよ」
「はいはい約束ね」
「嘘ついたってバレバレですからね」
「あーもー分かった。分ーかーりーましたっ」
まったく疑り深い。
しつこい男は嫌われるぞと冗談のつもりで言ったが、カイは何故か物凄く落ち込んだ様子だった。
がそれにフォローを入れようかどうしようか迷っていると。
「……カイがもたもたしてっからだよ」
「それを言うなら
さんが原因でしょう」
「う……とにかくちゃっちゃといくよ!」
半ば叫ぶように、
は目の前に現れたギアに臨戦態勢をとる。
もう二度と、誰かに庇われなくてすむように。
誰かが自分の為に命を落とすことが無いように。
もしそれでも危険が迫った時には、そうなる前に、
がやればいい。
自惚れではなく、それだけの力を持っている自覚はあるから。
心配してくれるカイには申し訳ないが、
は守られる側になる訳にはいかないんだ。
そう考え、どうしてかまた胸が痛くなった。