Fortune 13


 無視できない存在、なんだろうね。



 皆目の前で繰り広げられる激戦に息を呑んで釘付けとなっている。
 そんな中、だけは何故か面白そうに目の前のマジバトルを眺めていた。
 クレーターがいくつもできている平野。
 団の本部から少し離れた海岸沿い、かつて遊牧地だった場所は今彼らの実践訓練の場として使用されていた。
 ちゅどん
 どがっ
 バチバチ
 ぶぉん!
 雷やら炎やらで自然破壊をし続けるカイとソル。
 団内トップクラスの闘いに割って入れる根性のある者はこの場にはいない。
 確か今は訓練の時間だったはずだが……皆この二人の組み手(?)を冷や汗を垂らして傍観するのみである。
 彼らのストッパーとしての頼みの綱はであったが、彼女はどうやら行動を起こす気はないらしい。
 むしろ好きにしろと言わんばかりのだらけた態度で芝の上に腰を下ろしている。
 先日は二人の仲裁をしたが何故今は迷惑極まりない彼らを放置しているのか。
 その経緯を説明するためには事の発端、数分前に遡る必要がある。


「お前は訓練一つ真面目にできないのか?」
 訓練の場に出てきたものの動こうともせず、ましてや堂々と紫煙をふかしはじめたソル。
 目の前でそんな態度をとられたことにカイは血圧を上げた様子で詰め寄る。
「何とか言ったらどうだ」
「……」
「人の話を聞くときくらい煙草はやめろ!」
 ソルから奪い取られた煙草は、カイの手の平に生まれた火の中で灰と化す。
「……いちいちうるせえ坊やだ」
「ぼ……っ! 何だと……?!」
 団員たちも徐々に騒ぎに気付き始めた。
 も何事だろうかと思いそちらを振り向く。
 振り向いて、溜め息を落とした。
 さっきの食堂で懲りたんじゃないのかお互い。
 呆れを通り越して情けなくなる。
 こう何度も同じようなことを繰り返されると、ソルのあの態度がわざとのような気すらしてくる。
 もしや、ソルってばカイで遊んでるんじゃないか……?
 そういう考えに辿り着いてソルを見ると、無表情の中ににやついた笑みが見える気がしてならない。
 カイが本気で腹を立てるほど、ソルにはそれが滑稽に写るのだろう。
 怒らせてからかって……完璧おもちゃにされてるよカイ。
「……何だ。面白い奴じゃん」
 ソルは無愛想で他人に関心が無さそうな印象だったが……意外にお茶目だ。
 からかわれているカイへの同情より、(の中で)面白い人物だと位置づけられたソルへの興味の方が強い。
 ぴりぴりとした空気を撒き散らすカイとソル。
 それを眺めながら、は場違いにわくわくとしていた。
「……まるで自分には訓練は必要ないとでも言いたげだな」
 低く発せられた声には多分な嫌味が含まれていたが、ソルがそんなものに構うはずもなく。
「言ってんだよ」
 最もカイの神経を逆撫でる言葉を淡々と言う。
 頭に血の昇ったカイにこの挑発のような言葉。
 受け流すことなどできるわけもない。
「……ならば!」
 ギィンッ
 突然振り下ろされた刃を無骨な大剣で受け止め、ソルは目を細めた。
「……好戦的な坊やだ」
 にやり、と口端をつり上げる。
「まだ言うか!」
 開始の合図も何もなく、二人の闘いは周りを置き去りにして始まった。
 近くにいた者はとばっちりを食わないようにと慌てて避難し、離れていた者にしても二人を無視して訓練を続けられるわけもなかった。
 結果、いつぞやのの時のように周りを囲むような状況になっていた。
 彼らの一撃ごとに後ずさりする集団の中、だけが逆に近寄っていく。
 数歩で人垣の一番前に踏み出、立ち止まる。
「……あれどうにか止められないか?」
 やや後ろにいる団員から声をかけられ、は首だけ向いた。
「何で?」
 ……は?
 の無邪気ともとれる返事にそれが聞こえていた者は目を点にする。
「何でって……」
 ソルはどうだか知らないがカイは本気で戦うつもりだろうと団員達は心配していた。
 そうすればどちらかが倒れるまでこの闘いは終わらない。
 そんな事態は避けなければならない……それが普通の考えのはずだが。
「面白いじゃん。滅多に見らんないよこんな闘い」
 カイの全力というものをはまだ見たことがない為、それも見てみたい。
 ソルならばきっと引き出すだろう。
「それは……」
「確かに……」
 団員達だって見たくないはずはない。
 戦う者ならば興味を惹かれずにはいられない。
 ましてや自分たちの命を預けた人の未だ見ぬ全力。
 この目で見たい。
 の一言に,団員達はあっさりと姿勢を変えた。
「……なあ、どっちが勝つと思う?」
 遠慮がちに呟かれた言葉に、多くの団員が食いついた。
「そりゃあ隊長だろう?」
「でもあれ見ろよ。あいつも馬鹿強いぜ」
「まさかお前隊長が負けるとでも思ってんのか?」
「けどよ……」
「勝つのは隊長だね。俺は賭けてもいいぜ?」
「お、言ったな?」
「じゃあ、やるか?」
 途端にダービーに走り出す連中を見て、は呆れの表情を見せる。
 どこの世界でも男は賭け事が好きなもんなんだな。
 結局、賞金稼ぎも聖騎士も根本は同じじゃないか。
「お前も賭けるか?」
 は話を振られるのを待っていたかのようににんまりと笑みを作る。
「ソル」
 簡潔に答えられた予想に皆は首を傾げる。
 のことだからカイに賭けるとでも思ったのだろう。
「だって皆カイに賭けてるじゃん。
 そんな倍率低くちゃ賭ける気しないよ」
「何だよ大穴狙いか?」
「ま、そんなとこ」
 関心なさ気に言い捨て、は二人の闘いに注意を戻した。
 勝つの……っていうか、負けるのはカイだよ。
 は剣を振るカイの焦りの色の滲む表情を捉えながらこっそりと溜め息を落とした。
 その直後、一際大きな剣戟が耳に響いた。
 顔を上げるとそこには。
「何故本気で戦わない……っ!」
 苦々しげに表情を歪め、折れた大剣を片手に佇むソルへ言葉を吐き捨てるカイ。
「……ちっ、軟な剣だぜ」
 がしゅっ
 刃を半分失った剣が地面に突き刺さる。
 剣を投げ捨て、ソルはそのまま立ち去ろうとした。
「待て!まだ勝負は……!」
「坊やの勝ち、だろ?」
 まるで最初から勝敗など気にしていないかのような口振り。
 背を向けヒラヒラと手を振る辺り、まだまだ余裕を残していたことが良く分かる。
 反対に、勝利したはずのカイの方が満身創痍な感があった。
 去っていくソルの背を睨みつける目にも、どこか力がなかった。
「ほれ見ろ!隊長が勝ったじゃねえか!」
「さすが隊長!」
「残念だったな?」
「……そうだね」
「何だよ負けたのがそんな悔しいか?」
「そうだね、悔しいや」
 盛り上がる団員に適当に返事をしてから、は静かにカイの元へ歩いていった。
 途中、ソルの使っていた大剣をちらりと見た。
 ぱっと見で確証はないが、これはきっと……
「あいつは本気でも何でもなかった……っ」
 が来たことに気付いて、カイは声を発する。
「私は全力だったのに……!」
 少し息の上がった声の調子が余計に痛々しく思えた。
「……武器破壊は、立派な戦術だよ」
「私は破壊などしていません!純粋に剣術で勝負をしていた……!」
 は後方の剣をもう一度振り返る。
 その際見えた団員達の浮かれた様子に少しばかり眉を寄せた。
 剣の柄から伸びる亀裂……それは。
「あいつの力に耐え切れず剣が折れた……それだけです」
 折れた力はカイによるものじゃない。ソル自身のものだった。
「もしあのまま剣が折れなかったら……」
 その後を口にするのは屈辱的であった。
 ましてやの前でそんなことは言えなかった。
 は押し黙ったカイから視線を外し、目を閉じた。
 自分で予想しておいて虫のいい話だが、ここまで落ち込むカイはやっぱり気の毒に思った。
「でもさ」
 殊更明るく言う。
「目標、できたじゃない」
 の言葉にカイは顔を上げた。
 それにはめいっぱい笑いかけた。
「カイは今までも強かったけど、更に上がいることを知った。
 だったらそれに追いついて追い越すぐらい、まだまだ強くなればいいじゃない」
 ね?と笑うにカイは毒気を抜かれたような顔になる。
 実質負けたことには触れず、頑張れとも言わず、ただ強くなれと言う。
 何とも簡単に厳しい事を言ってくれるではないか。
 こめかみがひくつきかける。
 でも。
 でも、どうしてその言葉ひとつでこんなに晴れやかな気分になれるのだろう。
 の笑顔の向こうに広がる光景に、落ち込むことが馬鹿らしく思えてくる。
「……私も貴女くらい楽観的になりたいものです」
「ちょっと待て。何かが馬鹿みたいじゃないか!?」
「否定は……まぁ……」
「するかしないかはっきりしようよ!?」
「じゃあしない方向で」
「はっきりするなぁ!」
 そんなの矛盾した突っ込みにカイはようやく笑顔を取り戻す。
 は掛け合いに夢中でそんなことには気付いてはいなかったが、カイのを見る目はとても優しいものだった。
 新たな目標もできた。
 支えてくれる人もいる。
 だからもっともっと、強くなりたいと願う。