Fortune 12


 突っかかっていってもかわされるのがオチだと思うけどなぁ。 



 ソルが入団した翌日。
 すでに騒動は起きていた。
「貴方はやる気があるのか!?今何時だと思っている!!」
「うるせぇな」
「正午はとうに過ぎている!朝の礼拝にいないと思えば……っ!」
 下からぎゃいぎゃいと喚きたてるカイを、ソルは見る気も起きないのかそっぽを向いている。
「聞いているのか!?」
「あーはいはい」
「聞いていないだろうが!!」
 分かっているならわざわざ聞くなよ、とソルはうんざりした様子だ。
 二人(というよりカイ一人)が騒いでいる場所は食堂。
 昼時の今、彼らは周囲の団員の視線を集めまくっていた。
 だが二人は気にしていない様子で口論(くどいようだがカイだけ)を続けていた。
「あー……あれは止めるべきか?」
 ひとりごちてはとりあえずトレーを手に取った。
 いやに入り口が混雑していると思ったら、これが原因か。
 まったく、扉付近で立ち止まるのは止めていただきたいものだ。
 せっかく食事を摂りに来たってのに……。
 空腹感と目の前の人垣に、は途端に止める気をなくした。
 決めた。
 関わらずにおこう。
 人垣に隠れるようにしてこそこそとカウンターに向かう。
 しかし。
「おいそこの小っこいの」
「誰が小っこいだ!?」
 あ。
 我に戻ったときにはもう人の山が割れていた。
「こいつどうにかしろ」
 ソルがそんなことを言った気がしたが、はついうっかり応えてしまった自分への嫌悪に頭を抱えていた。
 もちろん話なんて聞いていやしない。
「あーもー何やってんだー……」
「おい聞いてんのか」
「貴方こそ私の話を聞きなさい!」
 ぐ
 カイがソルの肩を掴んだ。
 それにソルの眼光が瞬時に鋭さを増す。
「……うざってぇんだよ」
 振り返られ、カイのこめかみから嫌な冷や汗が伝う。
 彼の眼や言葉に迫力負けしたわけではない。
 ……動かないのだ。
 自分の手に力は入っているはず。
 それなのに何故この男の体はびくともしないのか。
「離せ」
 言霊に動かされたかのようにカイの手が力なく落とされた。
 自分の戦闘スタイルは、パワーよりもスピードと技を主体とするものだ。
 だが力に自信がないわけではなかった。
 むしろ団内でも引けをとらないと自負していた。
 それなのにこの男には自分の力が全く通用しなかった。
 無意識に奥歯を噛みしめる。
「おい」
 その呼びかけはカイへのものではなかった。
「……へ?」
 やっと自分の世界から帰ってきたはのろりと顔を上げる。
「飯、案内しろ」
 その言葉にきょとりとするが、すぐに手を打つ。
「あ、はいはい」
 片手にぶら下げられていたトレーをソルに手渡す。
 受け取ったのを確認してはカウンターを指さした。
「あそこが注文カウンター。で、その左っ側にその日の献立が何種類か出てるから選んで。
 それを中の人に伝えればすぐ作ってもらえるよ」
 大まかに説明するとソルは「ん」とだけ声を漏らして、トレーの縁でトントン肩を叩きながらカウンターへ向かって歩きだした。
 大股でガラの悪い歩き方に周囲のものは大半がびくついている。
 ソルが向こうまで行ったのを苦笑いで見送って、はカイに近付く。
 視線を一点に定めたままのカイの目の前でひらひらと手を振ってみる。
 すると彼は一度大きく瞬きをしてからを見た。
「あ、さん」
「よっ。大変そうだね、あの人の相手」
「……ええ」
 どこか沈んだ様子のカイには首を傾げる。
「どした?」
 問われても、カイは答えようがなかった。
 あれは今まで感じたことのない感覚。
 恐怖に近い――敗北感。
 その単語に行き着き、カイは頭を振った。
 認めたくなかった。
「なあもうお昼食べた?」
 思考の渦に呑まれかけていたところを、の声が拾い上げた。
「あ、いえまだですが……」
「そっか。じゃあ一緒に食べよっか?」
 の言葉に少しだけ気分が浮上した気がした。
「はい、ぜひ」
「うっし。じゃあカイの分ももらってくるよ。席取っといて」
「分かりました」
「いってきま~す」
 言ってはてけてけと歩いていった。
 カイはその後ろ姿を見ながら口元に笑みを浮かべた。


 しばらくしては両手にそれぞれトレーを乗せながらバランスを崩すことなくこちらに戻ってきた。
 それを見てカイは隣の席の椅子を引いた。
「ごめん。どれがいいか聞くの忘れてたから同じのにしちゃった」
「大丈夫ですよ」
 からトレーの片方を受け取る。
 二人は長テーブルの真ん中あたりに並んで座った。
「……さんはあの男をどう思います?」
 席に着くなり切り出された話にもは慌てることなく、うーんと考え出す。
「強いんじゃない?」
 その言葉に僅かに息が詰まった。
「賞金稼ぎの世界で一人でやっていくってのは、大変なんだよ」
 過去を振り返るような言い方に、カイはふと疑問を持った。
さんはどうだったんです?」
は一人。でもたまに他の誰かと組んで仕事したこともあったけどね」
 彼女がもくもく口を動かしながら何故喋れるのか不思議だったが、そこは無視して話を続ける。
「組む?仲間ということですか?」
「んー……、仲間っちゃあ仲間かな。
 利害関係が一致した人とか、ただ単に同じ依頼主に雇われたとかだよ」
「……殺伐としていますね」
「あんまきれいな世界じゃないからね。実力主義っていうか結果が全てというか」
 ふふ、と苦笑するにカイは思い切って一番の疑問を投げかけた。
「だったら何故そんな仕事をしていたんです?」
 くらいの少女が就く仕事にしては不自然すぎる。
 もっと安全で幸せに暮らせるような生活ができるはずなのに。
 カイは善意でそう言ったつもりだった。
「あのなカイ、人には言えない事情ってもんがあるんだよ」
 少しだけ言いにくそうなにカイははっとする。
 好きでするばかりが仕事ではないのだ。
 それなのに自分は何て不躾な質問をしてしまったのだろう。
「すいませ
「ってこともあるから、身の上に関する質問は考えてからした方がいいよ」
 謝罪しようとしたところを明るい声に遮られる。
 は?と思いカイはを見た。
「冗談だよ。はそんな重い過去は背負ってません~」
 おちゃらけたように肩を竦めるにカイはやっと理解する。
 しかしそれに対し怒りを感じることは無く、むしろほっとしてしまった。
「嘘ですか?」
「事実ではないね」
 相手がでよかったね、とカイに向けては笑う。
「誰かを傷付ける言葉だったかもしれないよ?」
「それは……」
「ま、これで学べばよし!……ってちょと偉そうか」
 へへへ、と気まずそうに頭を掻くにカイは力の抜け切った溜め息をつく。
 そんなカイにはいつもの笑顔に戻り言った。
「ぶっちゃけね、いつの間にかそうなってた」
 本当の言葉なのだろう。
 は穏やかな声で続ける。
「旅に出て割とすぐだったかな。
 たまたま滞在していた村に突然ギアが現れてさ。村の人達を逃がす時間稼ぎをしなくちゃーと思ってたら何とか退治できて。
 じっちゃんとばっちゃんに鍛えられたのが初めて役に立った時だったなぁ。
 で、そいつがたまたま賞金懸かっていて、そこの村にたまたまギルドがあってさ。当時は賞金稼ぎなんて言葉も知らなくて、よくわからない内にお金が手に入って。
 その後も何でか荒事に遭遇することが多くて、どこかのタイミングでギルド登録したんだ。
 こういう力が役に立って生活資金にもなるならいいかな、ってね。
 そんなこんなで今に至る、と」
「……そういえば初めて会った時も避難勧告を無視してましたっけね」
「ぎく。いや、それはそれ、今こうやって知り合えたんだし、まあいいじゃない」
 そうだ。
 あの日もし、が素直に勧告に従っていたとしたら、自分たちは出会わなかったのかもしれない。
「……貴女の無鉄砲さと行動力にも感謝しなければですかね」
「おーい、それは嫌味かい」
 しゅぴっと裏手突っ込みを入れてくるにカイは笑い返す。
 の行動力はきっと何かを守るために発揮されるものなのだろう。
 彼女はわざと計算高いふりをしたり悪辣な雰囲気を出そうとしているようだが、性根が素直で明るく善性であることは数日ですぐに理解した。
 さっぱりした風を装っていても困っている人を放っておけない質なのだと、今の話からもよく分かった。
 そして彼女のその性格のおかげで、出会うことができたのだ。
 今まで知り得なかったの過去、そして素顔を垣間見、人として好ましい人物だとカイは思った。
「さて、午後からの訓練の準備してくるよ」
「……え、もう食べ終わったんですか?」
 確かのトレーの上の料理は自分より大分多かったはずだ。
「とっくだよ。じゃーねーお先ー」
 食器を重ね、は早々に切り上げていってしまった。
 彼女を理解でき始めたと思った矢先に発生した不可思議な事象。
 残されたカイは皿の上の食べかけのパイ包みを見ながら、があの会話の中でいつ食事をしていたのかを真剣に悩んでしまった。