Fortune 09


 初めが肝心、ってね。



「ここです」
 カイの示した場所にも踏み出す。
 一気に屋外に出たせいで少しばかり目がちかついた。
 目を細めて前を向けば、そこには自分たちと似たような服をまとった人々が。
 各々がそれぞれの武器を振るう姿があった。
 剣戟を観察してみる。
 なるほど、皆、強い。
「――隊長!」
 近くにいた一人が声を上げる。
 すると修練場にいる全ての者の手が止まった。
 こちらに注目したかと思うと、彼等はわらわらと集まりだした。
「どうですか調子は」
「ええ、皆気合入ってますよ」
「新人が入ってきたって言う噂は聞いていますからね」
「もう知っていましたか。それならば話が早いですね」
 にっと笑った団員にカイも笑みを返す。
「で、どこです?その新人というのは」
 誰もの姿など気に留めていない様子。
 それにカイは苦笑しながらに目配せする。
 は不敵に笑った。
だよ」
 凛と高い一声にその場が凍りついた。
 固まる団員たちにカイが追い討ちをかける。
「彼女が、新しい仲間です」
 ――子供、それも女だと?
 誰もがそう思っているはずなのに、誰もその一言が口から出ない。
 驚きというよりも疑いに近かった。
「隊長、本当ですか……?」
 他の者より一足早く硬直が解けた一人がカイに戸惑いの表情を向ける。
 それにカイは「本当です」と短く答えた。
 第一大隊は聖騎士団中で最も戦闘力が要求される部隊。
 皆それを自負し、誇りとしていた。
 誰が見ても、いわば別格とされるこの部隊に余りに目の前の人物は場違いではないか。
「――冗談にしては質が悪いんじゃないですかね」
 低い揶揄するような声がに向けられ、カイはぴくりとそちらに反応した。
「何か?」
 正面からその人物を見つめる。
 団内でも少々目に付く、カイも扱いにてこずるやや素行に難のある人物だ。
「本当に戦えるんですか、このお嬢ちゃん」
 に向けられた軽視にカイは心中溜め息をつく。
 恐れていた事が起きてしまったか。
 カイは、がその外見・年齢から軽んじられるだろうことを予測していた。
 だが実際起きてみるとなんとも厄介なこと。
 カイは先ほどに対して(一応)制止の意味を込めて視線を向けたのだが、不意に不安を覚え、肩越しにもう一度彼女へと視線を移す。
 ……どうしたものだろう、満面の笑みだ。
 だがその裏の禍々しい空気は何事か。
 カイが冷や汗を垂らしていることを無視し、はずいっと一歩前に出る。
「うん、分かりやすくて助かるよ」
 言うなり肩を回し、準備運動を始める。
「あのさん? さっき私が言ったこと覚えてます?」
「今この瞬間に忘れた。
 ……それにほら、ご指名だし」
 カイが疲れたような表情を向ければはさらりとかわし、くいっといちゃもんをつけてきた男を顎で指した。
 人の背丈ほどもある斧のような武器を片手で担ぐ男がにやりと笑う。
「ほう、度胸だけは一人前のようだな」
「女は度胸と根性ですー」
 隊長であるカイもあまりに若すぎる抜擢であったため、こういった反発のようなものはよく起こったが、辛抱した。
 いつか実力で黙らせればいいのだと考え、耐え、そして今は時間を掛けた甲斐もあり皆に認めてもらえるようになった。
 だからの今の心情も分かるつもりだ。
 しかし私闘は規則で禁止されている。
 立場上許すわけにはいかない。
「二人とも、それ以上は規則違反になりますよ」
 ぐっと怒気をこめて言うと、二人が揃ってカイを見る。
 そして男のほうが先に口を開いた。
「隊長、貴方様ほどの方が見込んで連れてきた人間でしょう。
 ……期待外れな結果になるとでも?」
 を引き抜いたカイの目を疑っているともとれる言葉。
 これにはカイも少々青筋を立てる。
「まさか。彼女の実力は保障しますよ」
「……ふ、ならば組み手のご指南を賜るくらいよいでしょう?」
 ……あれだけに忠告しておいて、挑発に乗ってしまったのはカイの方だった。
 彼がしまったと顔を顰めるのを、は隣からジト目で睨んでいる。
 カイは深呼吸しきりっとした表情をに向けた。
「こうなったら頑張って下さいさん」
「っておい。それでいいのか」
 が突っ込みを入れたところで、ずしんと地面に重い衝撃が響いた。
「そうと決まったら――嬢ちゃん、前へ出な」
 巨大な斧を担ぎなおす男。
 それだけで今の衝撃がきたようだ。
「だぁれが嬢ちゃんじゃ」
 むっとした表情を見せてから、は歩き出す。
 その手には何も握られていない――つまり丸腰だ。
さん、武器は……」
「使わないよ、は」
 あの時だって手ぶらだったでしょー、とはヒラヒラと手を振った。
 素手で巨大な斧に立ち向かうというのか。
 勇敢というより無謀でしかない。
 ただえさえ体の大きさが二回り以上違うのだ。
 無茶にもほどがある。
 カイが何か言おうとしたところで、は片手を挙げ“大丈夫”とサインする。
 結果的に二人をけしかけた形になってしまったことを後悔するも今更止めることも叶わず、カイは仕方なしにそのまま見守ることにした。
 遥か上空で雲が流れる。
 日が、陰った。
 修練場にいた人間がいつのまにか二人を遠巻きに囲うように人垣を作っている。
 その中心で、男とはお互いを真正面から見据えた。
 男が地を蹴り、闘いが始まった。
 は両腕に何か強化法術のようなものを発生させ、次々と繰り出される斧の斬撃を受け流す。
 男は強かった。大柄な体躯に似合わず素早さも併せ持っていた。
 は受け流し続けるのみで反撃に出られない。
 ガキィンッ
 一際大きい金属音が鳴り響き、男との間合いが開く。
 周囲の野次のような歓声も徐々に小さくなっていった。
 ただ目の前の攻防に魅入る。
「面白い。期待外れと言ったのは撤回するぜ」
「そりゃどーも」
 あれだけ激しく動いていたというのに、お互い息一つ乱していない。
 が肩にかかる髪の束を後ろに弾いたところで、男が声を出す。
「何故反撃してこない?」
 その一言にまわりがしんと静まり返る。
「まさか手を抜いたままいるつもりか」
 押されているのは少女のほうではなかったのか。
 ギュンっと空気を震わせの眼前に斧が突きつけられる。
 額に触れそうな程の至近距離。
 それでもは動かない。答えない。
「本気でいくぞ」
 男が何倍ものプレッシャーを放ち、斧を構える。
 はそこでやっと口を開いた。
「そうして。じゃないとは認めてもらえない」
 まさか、彼が本気を出していなかったから彼女も力を出し切っていなかったというのか。
 確かにこの戦いの意味はそこにあるのかもしれないが……
 あまりにも彼女の言葉は相手の神経を逆撫でするものだった。
 この挑発は危険だ、とカイの脳裏に警鐘が鳴る。
「そういう算段か……後悔するんだな」
 案の定、男はぎちりと柄を握りつけ、に向け容赦のない闘気を向ける。
 それには今一度笑った。
「さ、こっからが本番だよ」