Fortune 08


 あの時の記憶は、とても曖昧だ。



 そこだけ音が止まったかのように。
 ギアの振り被られた爪を少女はただ虚ろな瞳で見上げている。
 間に合わない。
 頭のどこかでそう冷静に判断しながらも、クリフはギアと少女の間に飛び込もうと地を蹴った。
 気が付いたのは視力が戻りかけてからだ。
 突然の強い閃光に目を焼かれたことさえ、焦りきっていたクリフには理解ができなかった。
 何とか自分が立っていることを確認し、痛む目をこじ開ける。
「う……あ……」
 漏れた声を聞き取り、すぐさま視線を向ける。
 白く霞む視界でもそれが何だったか、容易に分かった。
 でもクリフはそれを否定した。
 ありえない。
 こんなことが。
 呆然とした様子でクリフは、ギアの残骸の中で涙を溜めて震え蹲る少女――を見つめていた。


さん、起きてますか?」
「おうよ~今行く」
 は答えてドアを開けた。
「おはようございます。昨日は眠れましたか?」
「いやそれが枕が変わると眠れない性質なもので……」
「よく眠れたようですね、よかったです」
「聞けよ最後まで!」
 寝癖のついた頭で言われて誰が信じるというのか。
 カイは昨日の今日で彼女の冗談への対処が少し上達したようである。
「よく似合ってますよ制服」
 さらりと話を変えたカイにはふう、と溜息をつく。
「できればこのヒラヒラ取っ払いたいんだけどね」
「ある程度の気崩しは黙認されていますが、あまりに酷い改造は駄目ですよ」
「へいへい」
 まあ、これでも規定の丈より短めにしてもらったのだ。
 これ以上の我侭は我慢するしかあるまい。
 はカイより幾分か短い自身の団服の裾を摘み上げた。
 思ったより軽くて薄い素材なのがせめてもの救いか。
 実を言うと、昨日の内に彼女の団服は仕上がっていた。
 申請してすぐに出来上がったことが果てしなく謎であったが、とにかく受け取って袖を通した。
 サイズもぴったり。
 ついでに言うと色や細かいデザインなんかも希望を汲み取ってくれていたりする。
 侮りがたし聖騎士団。
 は自身を見下ろしながら、夕べ一人部屋でごちていた。
「……先に言っておきますが、これから行く部隊、第一大隊は主に最前線でギアと直接戦う部隊です。
 つわもの揃いで中には好戦的な人間も少なくありません。
 ――挑発のような真似は控えてくださいね」
「おや、だれがいつ挑発したって?」
 きょとんとした顔でとぼけてみるが、カイの目が厳しいままだったのではすぐに降参のポーズを取った。
 今日はこれからの入るカイの部隊に紹介されるらしい。
 で、今修練場とやらに向かっているわけだが……
「例え昨日のように多少見くびられたとしても、冷静に対処してください。
 これからは命を預け合う仲間になるわけですから」
「だーかーらー、何でそんなこと言うんだって」
「いいですね?」
 人の話を聞いていないなこいつ。
 は昨日よりも小言の多いカイにうんざりしつつ、口を尖らせる。
「そりゃまあ、だって好きで喧嘩売ったりはしないよ」
 そんな様子のにカイは少しの不安を覚えた。
 いざとなったら自分が間に割り込むか……。
 カイは溜息をつきたいのを堪えて、修練場への階段を昇った。