これは、やっぱり縁があったみたいだね。
「第一大隊隊長カイ=キスク、失礼いたします」
重厚な扉をカイが押し開け、視界が広がった。
それほど広い場所ではないが、この中の雰囲気は風格のあるものだった。
は今更ながら緊張を感じ、無意識にカイの背に隠れるようにして部屋へ足を踏み入れた。
「第一大隊ただいま帰還いたしました。
それとクリフ様、事前にお伝えしました通り新入団者を連れて参りました」
カイの視線の先には大きな書斎机とその奥に座る人物があった。
「うむ、ご苦労だった」
嗄(しわが)れた声が髭の間から発せられた。
かなり年のいった人物だ。
だが老いたというイメージからはほど遠い力強さがその声からは感じられた。
「そちらのお嬢さんがそうかの?」
かけられた言葉に
は顔を上げる。
お嬢さんって……
ガキ扱いも男扱いも御免だが、こういった言われ方もこそばゆかった。
の目線が前を向くのと同時にカイが一歩横にずれる。
真正面から聖騎士団団長と対峙する。
その姿を捉えた
の目が、一瞬の後に見開かれた。
つかつか。
「え?
さ……」
「……む?」
カイが止めるより先に
は歩きだした。
ぴたり
じぃ……
デスクの前に立ち、身を乗り出し顎に手を当ててその人物を観察する。
その突飛な行動が失礼に当たるものだとようやく気付いたカイが彼女を咎めようとした、その時。
は驚いた様子で身を起こした。
「……クリフのじっちゃん!?」
「そういうお主は
か?」
……は?
数歩先で展開された会話にカイは踏み出しかけた足をそのままに立ち尽くす。
そもそも、彼は
の言った「じっちゃん」が誰を指すものなのかをすぐには理解できなかった。
そんなカイを他所に、デスクを挟んで向かい合う人物に
は興奮した様子で喋りだした。
「うっあ~久しぶりだねじっちゃん!まだ変身とかすんの!?」
「変身言うでない」
「まさかこんなところで会うとは……って、じっちゃんが団長なの!?」
今更気付いたのか、
はあんぐりと大口を開けた。
「そうじゃぞ。言っとらんかったか?」
知り合いのようなのに(しかも親しげな)クリフ様が何者なのかを知らなかったというのか。
やっと思考が再び動き出したカイは
の言葉を聞き、不思議に思った。
クリフ様と言えば「ドラゴンキラー」の異名を持つ英雄の中の英雄。
クリフの名から聖騎士団を連想するのが極自然だ。
だというのに。
カイが戸惑った表情でクリフと
を見つめていると、ふとクリフが椅子から立ち上がった。
その背丈はカイの肩ほどまでしかない。
が、その小柄と言える体躯は幾重もの年を重ねてきた大樹のようにどっしりとした安定感があり、実際よりも幾倍も大きく見えた。
「すまんかったなカイ。つい儂らだけで盛り上がってしもうたの」
顎の白い髭を撫でながら、クリフは
の隣まで歩み出る。
「こやつは儂の孫じゃ」
ぽん、と
の背中を叩く。
「え、は、……えぇっ!?」
「カイ、嘘。冗談だから」
ずびし、と
が手をつけて突っ込みを入れる。
「何じゃバラしてしもうたらつまらんじゃろうが」
「いや、カイが素直に信じかけていたからつい」
「……あの」
「お、悪い悪い。
えーと、簡単に言うとじっちゃんは……
の命の恩人でばっちゃんのところへ連れていってくれた人なんだ」
「は……?」
「端折りすぎじゃろ」
要約するにもほどがある
の説明にクリフはやれやれといった表情になる。
「まったく相変わらず大雑把な奴じゃ。儂から説明した方が良さそうじゃな」
「えー、大雑把かなぁ?」
「……あれは7年前じゃったか……」
「無視!?っていうかもう回想モード!?」
「やかましい」
ごつん
が拳骨をくらっておとなしくなったのをカイは何とも言えない表情で見ていた。
小さな町だった。山奥で交通の便もあまりよくなく、外部との繋がりが希薄な集落だった。
だからこそ、聖騎士団の対応も遅れた。
飛空挺から見えた町はすでに火の海であった。
降り立った騎士たちは皆苦汁を飲んだように顔を顰めた。
炎による熱線、むせ返る戦場の臭い。
そこにはもう死の気配しかなかった。
手遅れだったか……団員が皆諦めかけたとき、そう遠くない場所からギアの雄叫びが聞こえた。
クリフは部下に指示を出す前に走り出した。
瓦礫を飛び越え炎を交い潜って行き着いた場所には。
生きた人間と大型のギア。
人間はまだ幼い少女だった。
それが、
。
「そ。そんで間一髪のところをじっちゃんが助けてくれたんだよね」
「ん?まあそうじゃな」
の言葉にクリフは髭を撫でる手を止めて答えた。
「でね、名前しか覚えていなかった
をじっちゃんはばっちゃんのところまで連れていってくれたんだ」
そうだったよね?と
がクリフを振り返れば、少し瞳を陰らせていた彼はカイへと視線をやった。
「儂の古い知り合いに預けたんじゃよ。あの頃の儂では幼子を育てることたどできなんでな」
「そう……だったのですか」
も自分と同じくクリフに命を救われた人間だったのか。
カイの中で少しだけ
への親近感のようなものが生まれた。
「……ま、そういうわけじゃ。よもや聖騎士団に入団してくるとは思わなかったがのう」
「
だってまさかだよ」
が大仰に肩を竦めれば、クリフがうん?と眉根を寄せた。
「どういう意味じゃ?」
「私が頼んだのです」
今度は
に余計なことを言われない内に、カイはクリフへ進言した。
「ほう?」
クリフの表情が面白そうに変化する。
「強いじゃろ、
は」
にやりと曲げられた口元は髭で隠されているが、カイにはクリフが彼女の強さを認めていることがありありと解った。
「ええ」
自分もそれを認める一人。
だから失礼なほど突然だったとしても、声を掛けずにはいられなかったのだ。
カイの淀みない返事にクリフは満足そうに目を細めた。
「ふむ、そうじゃな。」
そして問題となる一言をその場に落とした。
「
にはお主の部隊に入ってもらおう」