どこの世界でも、こういうことはあるんだなぁ。
「でっかい城だな……」
「これは城ではありませんよ」
「え?」
「もとは修道院なんです。遠い昔には城塞や牢獄として使われたこともあったそうですが」
「……言われてみれば割と質素な感じだな」
装飾性のあまり見られない石造りの外壁には、ところどころ小さな窓が付いているだけだった。
「さあ、こちらへどうぞ」
カイの手招きについていく。
内部に入ってみるとなるほど、豪華絢爛ではないが圧倒されそうな荘厳さがこの建物には感じられる。
石造特有のひんやりとした空気がそれを更に強調していた。
「それにしてもいやに入り組んだ作りだな。進入者対策か?」
階段と呼べるほど起伏の激しくない段差をもうすでに4つ越えている。曲がった回数も多い。
「そういう意味もあるかもしれませんが、大きな理由はこの建物の建築歴にあります」
はてなと思い、続きを待つ。
「その昔ここは陸続きの小さな岩山でした。
それがある日大天使ミカエルが街の司教の夢に現れ礼拝堂を建てるようお告げをされたのです。
そして造られた礼拝堂は潮が満ち陸と孤立し、その後時代とともに次々と増築がされ、
そのせいで様式の違う層がいくつも繋がっているんですよ」
「ほう~……」
生返事を返す。
つらつらと並べられた語句の多さは教科書のように聞こえたが、とにかくどんどん建物がくっつけられて今の形になったということは理解できた。
「だから曲がりくねって段差も多いと」
「そういうことです」
ちょうど会話の区切りがついたところで開けた場所に出た。
石柱が二列に並ぶ回廊……だろうか。
「ここがこの建物で最も美しいと言われる回廊です」
ふむ、確かにここからの眺めは綺麗だ。
カイの目線を追うと、ふと正面から二人の人物が歩いてくるのに気付いた。
「カイ様、よくぞご無事で」
「ギア討伐の遠征、お疲れ様です」
「貴方方も留守中の警護ありがとうございます」
言葉を交わすカイとカイより一回り以上年齢が上だと思われる男性二人。
彼らの会話を
は一歩後ろで聞いていた。
何やらカイが偉い立場にいるように感じる……のは間違いではないだろう。
……そういえば隊長って言っていたしな。
「そちらの方は?」
話を振られるが、
は別段驚きもせず軽く笑って返す。
「こっちの人に拉致られました」
「は……?」
「
さん!?」
さらりと漏らした冗談に皆が面白いように食いついてくるのがおかしくて、
はついつい声を立てて笑ってしまった。
「あははは!」
「何嘘吹いてるんですか!?」
「や、悪い悪い。
えーと仕切り直します。本日よりお仲間に入れてもらいます
=
でっす。
どーぞよろしく~」
……はて。
何故にお二人は目を点にしていらっしゃるのだ?
二人の男性が固まっているのを眺めてから
はカイに視線をやった。
何故か半眼で見返された。溜め息もつかれた。
「……こほん。こちらは今回の遠征先で助力をしてくれた方です。
そして今日からは我々と共に民を護るため戦ってくれる同志です」
「そう……でしたか」
「同志が増えるのはありがたいことですが……」
二人ともどこか言葉尻がはっきりとしない。
……ははーん。
「なあカイ」
「何ですか?」
カイが振り向く横で二人が眉を寄せたのを見て確信する。
「
舐められてるっぽいけど」
ぴしり。
引き攣ったのは空気が先か彼らの表情が先か。
「何を言われるか」
「我々はそのようなことは」
思っていないはずないでしょ。
ほら、今も
に疑いの目を向けているんだから。
「んー、確かにこんな子供がいきなり戦いますって来ても吃驚だよなぁ」
「そんな他人事のようなことを……」
カイの突っ込みは無視。
「ま、いいや誤解でも何でも」
は大して気にしていない様子で頭を振り、二人を正面からきっちりと見上げる。
「ご期待以上の働きはするつもりですよ」
にっこりと作った笑顔は邪気が無いながらもどこか挑戦的だ。
のブルーグレーの瞳に射抜かれた団員二人はぐっと息を詰まらせた。
カイはやれやれという表情でそれを横目に嘆息する。
自分が連れてきた人物ながら、この人は中々の問題児になるかもしれないなと先が思いやられる気持ちになってしまう。
「じゃ、行きますかカイ」
「ええ。団長をお待たせするわけにはいきません。
それではお二人とも。我々はこれで」
「……は」
「失礼いたします」
二人は平静を装っていたが、僅かに声の端を震わせていたのをカイも
も気が付いていた。
カイは二人を気の毒に思ったが、初対面の人物に対し第三者が見て分かるような不躾な態度を取ったことは褒められることではないと考えた為敢えて彼らに対し助け舟を出さなかった。
一方
はもう既にこの出来事についての興味を失ったかのようにきょろきょろと建物の様子を観察していた。
その横顔には先ほどの剣呑さはなく、年相応のやや幼さを感じさせる表情だった。
飛空艇での渡航中に軽く話をした中で、この人物の年齢が自分より2つ上と聞いて少なからず驚いたが、今先程の妙に肝の据わった言動を目の当たりにし、人は見かけによらないものだと認識を改めた。
その途中、数度他の団員達ともすれ違うが何事も起きず、カイは内心ほっとした。
幾度目かの会釈の後、
は感心したように呟いた。
「皆礼儀正しいね」
「騎士として相応しい振る舞いを皆心がけていますから」
「なるほどね。
さっきの二人のおじさんたちにしても、嫌味がソフトだったよ」
突然蒸し返されたことで、カイは少しだけ眉を寄せた。
それに
は余裕のある笑顔を向ける。
「もっとあからさまな態度をとられるのがしょっちゅうだし」
「……それは賞金稼ぎの世界では、ということでしょうか?」
「そ。でもまあ、そうやって表に出されればこっちも対応できるから気は楽だよ。
影でこそこそっと嫌がらせみたいなことされる方がストレス溜まるし」
はふう、と大げさに肩を竦めて見せる。
「彼らも世界を救うために真剣なだけなんです。だから……」
「オーライ。そこは分かってるよ。
だから
も認めてもらえるように努力しますさ」
「……すみません。わざわざ不快な思いをさせてしまって」
「気にすんなって。経緯はどうあれ、ここに来ることを決めたのは
だしね」
「そう言っていただけるとほっとします」
そんな会話がちょうど一区切りついた時、大きな両開きの扉の前で二人は足を止めた。