そう言われると意地の悪い言葉を返したくなるわけで。
「聖戦を終わらすために、今は一人でも多くの力ある人材が必要なんです。
お見受けしたところかなり腕の立つ様子ですし、そのような力があるのでしたら正義のために使うべきです。
世界の人々を護るために、どうか考えていただけませんか?」
いきなりぺらぺらと捲くし立てられ、
は内容どうこうよりもよく回る彼の口に感心していた。
そうやってぼけっとしていると、少年は姿勢を正して頭を垂れた。
「どうか、共に戦ってください」
……何だかこうやってされるとプロポーズを受けているかのような気分になるな……受けたことなんかないけどさ。
そうやってくだらないことを考えてから、
はひとつ息をついた。
「うん、いいよ」
こんな二つ返事で了承されるとは思わなかったのか、勢い良く上げられた彼の顔は驚き一色だった。
まあ、実際今の賞金稼ぎの仕事だって路銀に困るから請けていてそれが何故か定職のようになってしまっていただけだし。
旅の目的も……無いこたぁないけど、歩き回っているからって見つかるものでもないしな。
「本当ですか!?」
「ただーし。条件がひとつ」
「……何ですか?」
がふっと目を細めると、少年騎士も表情を固くさせた。
聖騎士団へ協力する『見返り』として、条件……待遇や金銭を要求されることはよくあるのだ。
しかし危険を伴うが故に一般の職と比較してもかなり高い給与が聖騎士団員には工面される。
更に言えば、その資金の出所は世界各国からの義援金で賄われているという事情もある。
その為規定以上の待遇を求められてもそれは実質的に不可能なのだ。
少年は助けてくれたこの自分と年端の変わらぬ人物を無意識のうちに『いい人』と見ていたことに気付き、少しばかり落胆してしまう。
この人も、あくまで賞金稼ぎなのだ、と幾ばくかの失望と覚悟を以って、次の言葉を待った。
「三食、付けてくれよな♪」
呆気にとられる、というのを初めて体験した気がした。
そして恩人に対して勝手に期待をかけて勝手に落胆した自分を恥ずかしく思った。
「すみません……」
「ええ!?まさか国連機関なのに賄い無しなの!?」
「えっ、いえ、食事はきちんとお出ししますよ」
「そっか~よかったぁ……」
あからさまにほっとした様子を見せる
をみて、少年は笑いを漏らした。
「おかしな人ですね」
「何で笑うかな?ヒトにとって死活問題だろ」
「そうですね」
このやり取りは、はじめて二人が見せた年相応らしい表情だったかもしれない。
怪我を治療された二人の騎士も、その様子を微笑ましく見ていた。
「そういや自己紹介がまだだったな。
は
=
。
でいいよ。よろしくっ!ええっと……」
「申し遅れました。私はカイ=キスク。聖騎士団第一大隊隊長を務めております」
「へ~……」
ん?
はカイと名乗った少年の台詞内に引っかかる箇所を発見した。
「……何つった今……隊長??」
「はい」
「……少年よ、嘘はバレないようにつくものだぞ?」
「……本当ですが」
譲る気配のない様子だったが、
はまだ信じきってはいなかった。
「いくら強くても君が隊長……って……」
しかしカイの苦い表情に
は言葉を止めた。
「……マジですか」
「はあ……大真面目です。それにさっきから少年少年と……」
大層なため息の後、カイの口からは疲れたような言葉が滑り出てきた。
「大体貴方の方こそ少年で子供ではないですか」
はたり。
はまじまじとカイを見返した。
美術館にある彫刻のように綺麗な顔だ。
……何だかこいつに間違えられるのって無性に腹が立つ。
「何ですか?自分は子供扱いされると怒るんですか?」
「……あのさ。
、女なんだよね。こんな格好してるけど」
「は……?」
カイだけでなく後ろの兄さん方も目を点にしてらっしゃる。
ああもうこの反応には慣れてきたよ。
一人旅をする上で無用な危険を避ける為に敢えてこういう格好をしているわけだが、これだけ話をしていたというのに気が付かれないとかどうなの。
はそんなに男前ですか。
不機嫌を露わにする
の前、カイが口を開いた。
「ちょ……っ、待ってください」
どこか慌てた様子だ。
「何さ」
ん?と首を捻ればカイは困ったような表情をした。
「女性……だというのに聖騎士団に迎えるわけには……」
言い辛そうに言葉は紡がれた。
だが、
はその台詞にふん、と鼻を鳴らした。
「女の人が丸っきりいないわけじゃないっしょ?
第一、一人でも多くの戦士が何たらかんたらって言ったのはそっちだよ。
今更撤回ってのはいい加減過ぎないか?」
何故自分はここまで反論しているのか。
少し意地になっているのかもしれない。
何となく、言い出されたことを取り消されるのが身勝手の感じられて腹が立ったのだ、きっと。
「ですが女性を危険な目に合わせるわけには……」
「男と勘違いしておいてよく言うよ」
「う゛……」
「騎士に二言があるんですかー?」
「それは……しかし……」
「くーどーいー。
契約は口頭でも成立するもんなの。覚悟を決めなよ」
カイの反応が面白くて、
はつい言葉尻に笑みを零した。
それを正面から見て、カイは更に気恥ずかしい気持ちになった。
不意に見せられた笑みは、言われずとも女性らしいそれで。
何故勘違いをしてしまったのかと自問しながら、動揺を隠すように少し俯いた。
「ってことでそっちのお兄さん達もこれからよろしくな~」
がひらひらと手を振れば、怪我から回復した騎士団員らも同じように笑顔で返した。
それを視線の端に捉えながら、カイは天を仰いだ。
すると一瞬後に巨大な日空挺が雲の切れ間を作り出し、姿を現した。
幾筋か伸びたライトが何かを探すように円弧を描いて地上をなぞっている。
「……本隊が来たということは作戦は終了したようですね」
上を見上げたまま、カイはぽつりと呟いた。
「すっごいな~こんな立派な船初めて見た~」
手を翳し、
はキラキラと光る船底を無邪気な様子で見上げている。
それを見てカイは少し微笑んだ。
「それでは帰還しましょう」
立ち上がった団員二人に呼びかけ、
に向き直る。
「――ようこそ聖騎士団へ」
真っ直ぐ
を見れば、きょとりとした表情の後満面の笑みをカイへ向けた。
「……!おう!よろしくな!!」
歓迎の言葉を交わし、徐々に姿が大きくなってゆく金色の船を二人は見上げた。