Fortune 02


 ある意味、運命の出会いだよな。



 不機嫌を隠そうともしない表情で少女、は歩いていた。
 久しぶりに来た町ではロクな仕事が無い。
 その上初対面の人物からガキ呼ばわりされたことも重なって、彼女の心中はまったく穏やかではなかった。
「くそぅ……何でこんなに腹が立つんだ」
 ぷりぷりと怒りながらつい大きく腕を振ってしまい、その指先が何かに当たった。
「「あ」」
 軽く触れただけかと思ったが、存外勢いよく当たってしまったようで、丁度すれ違った行商のおじさんの荷車に乗っていたトマトが宙に飛んだ。
 ――いかん、食べ物を粗末にするわけには!
 そう脊椎反射で判断し、落下直前にキャッチする。
 我ながらいい反応だ。
 呆気にとられた様子のおじさんにそのトマト1個分の代金を手渡し、ごめんねーと言いながらはトマトを片手にその場を後にした。
 数十メートル離れて姿が見えなくなってから、そのトマトを齧る。
 ……まだ硬かった。そして苦い。
 これはツイてないなーと浮上しかけた機嫌をまた落としながら、とぼとぼと歩く。
 仕事もないのだ、特に行く当てもない。
 この街には来たばかりだがいっそ今日中にでも出発してしまおうか。
 何やらこの街では不運続きでもあることだし。
 ……ぐきゅるるる
 盛大に鳴るなぁのお腹。
 腹が減っては何とやらで、気持ちが上がらないのもこの空腹が一因であることは間違いないだろう。
「……ま、とりあえずお昼食べてから考えよう」
 何気なく下した結論。
 ――この時、この判断が、彼女を大きな歴史の渦に巻き込んでいくこと等、今の彼女には知る由もなかった。


「うーんもうすぐ春ですねー風が気持ちいいですねー」
 公園の木陰で昼下がりにランチタイムと洒落込むことにしたは、近くの売店でサンドウィッチとドリンクをテイクアウトしていた。
 良さそうな場所を見つけ、腰を下ろす。
 今が戦争中などとは信じられない。
 それほど穏やかで優しい空気。
 ――だが、そう思うときほど、不意をつくように騒動は巻き起こるものである。
「ギアだーー!!西の外れで……っ!!早く逃げろーー!!」
 悲痛な叫び声とともに誰かが駆けてきた直後に震えた大地、激しい閃光。
 音は耳というより体に突き刺さるようにして後からやってきた。
 鳴り響く警報と叫び走り出す市民たち。
 黒い煙の立ち昇る赤く赤く燃える空。
 そんな中、だけはじっと立ち止まってその西の方角を見つめていた。
 そして無言で駆け出した。


 ――約30分前、同街上空。
『第一小隊、降下準備完了です』
『同じく第二小隊、完了』
『第三小隊、第四小隊も配置についています』
 飛空挺のエンジン音が唸り声のようにあたりに響く。
 地上から遥か上空、風が渦巻くその場所で、鳴り止まない機械音を背に白い服をはためかせている人物がいた。
 左手に持つ懐中時計のようなものに向け、号令を発する。
「これより作戦を開始します。各員手筈通り降下せよ!」


 街の外壁の門は当然ながら閉鎖されていた。
 はそれを予想していたのか、街の建物が切れる前に樽やら窓やらを踏み台にして屋根の上に登っていた。
 広がった視界の向こう、炎の上がる場所を目指してひた走る。
 屋根の終わりが近づいてくると、は体勢を低くし、更にスピードを上げた。
 勢いをつけた状態で躊躇することなく跳ぶ。
 難なく外壁の上部に着地すると、そのままの勢いで再び空中に飛び出した。
 10メートル近い高さから飛び降りたというのに、はバランスを崩すことも怪我を負うこともなく地面に軽やかに降り立った。
 更に走る。
 そしてそれはすぐに見えてきた。


 戦局は芳しくなかった。
 むしろ苦しい状態だ。
 小隊のひとつが瓦解し、そこから陣形を立て直す間も無く数体の中型ギアが突入してきた。
 自分の采配ミスだ。
 預けられた命の多くを、失ってしまった。
 しかし今引くことはできない。
 苦しいとは言っても殲滅が不可能なわけではないのだ。
 何より今撤退すれば我々の背後のあの街は壊滅の危機にさらされるのだ。
 全てのギアを撃破し、生きている隊員を出来得る限り救出する――それが今自分にできる最良の手段だ。
 ――ざんっ!!
「大丈夫ですか!?」
 駆け付けた先には2人の団員がいた。
 一人は重傷、もう一人も決して軽くない怪我を負っている。
「隊長……!」
「ここは私が引き受けます!貴方方は早く撤退を!」
「しかし……!」
「これは命令です!」
 言い放ち、眼前を見据える。
 剣を握る右手に嫌な汗を感じる。
 相手は中型のギア3体。
 大きさに比例してその戦闘力を増すギア。
 少々苦戦になりそうだ。
「はぁっ!」
 先手必勝、早期決戦が対ギアの戦闘において重要視される。
 消耗戦になればそれだけこちらが不利になるからだ。
 剣の軌跡が1体のギアの触手を2本切り落とした。
 そのまま力を利用して剣を一閃し、こちらに近付こうとしていたもう1体を牽制する。
 他の隊員はそれぞれの持ち場で手一杯。
 ここはどうにか自分一人で切り抜けなければならない。
 ぐっと柄を握りなおす。
 左手を添え、神経を研ぎ澄ます。
 せめて後ろの二人が逃げ切るまで持たせなければ。
 ひゅっと息を吐き出し、地を蹴った。


「……ひどいな……」
 戦場独特のにおい。
 一般人よりは慣れているとはいっても、気持ちの悪さは変わらない。
 赤黒い大地を進んでいけば、戦闘音が聞こえてきた。
 近い。
 は迷わずそちらに進路をとった。
 遠目に見て、どうやら人一人でギアを3体相手にしているようだ。
 ぐんぐん距離が縮まっていくうちに、しかし数は2体に減っていた。
 強い。そう思った。
 だが手助けはあった方がいいに決まっている。
 ある程度まで近づき、は片腕に法力を集中させた。
 狙いは、一体のギアの足元。


「え……?」
 今まで戦っていたギアの体の下半分が凍りつき、亀裂を走らせ崩れ壊れた。
 残された上半分は数度痙攣してから動かなくなった。
 何が起きたか分からず、だが後2体残っているギアに対処すべく剣を構え直す。
「右後方!」
 突如響いた声に、反射的に剣を突き立てた。
 鈍い音とともに刀身が深々とギアの額を貫いていた。
 いくつもある赤い水晶のような瞳すべてから光が消えたのを見て、絶命したのだと判断する。
 ほっと一息つくと、目の前に一人の人物が立っていた。