何だか門のほうが騒がしい……
『こいつアウトォォォオッ!!』
「……うえ?」
ベッドの中からもぞりと上半身を起こし、
はまだ眠りたがっている頭を二三度振り覚醒させた。
任務から帰ってやっと休めたと思ったのに、と恨めしい気分だった。
しかし異常事態らしいことは否応にも分かってしまった為、
はぱっと頭を切り替えた。
ざっと寝癖のついた髪を撫でつけ整え、椅子の背もたれに無造作に掛けたままだったコートを引っ掴み、窓枠に片足を掛け躊躇せずに飛び出す。
おや、もう昼間だったか、と高い位置にある太陽の温かさを感じながら足を止めずに器用にコートを羽織ると更にスピードを上げた。
その間にも門番のけたたましい叫びが響く。
「……一体何事だ?」
は屋根から塀に飛び移りながら傍らの白いゴーレムに言葉を発す。
『おやおはよう
クン珍しく寝起きがいいね』
「コムイさん、何かって聞いてんだけど」
強制的に眠りから起こされた形の
は自分の頬がひくりとひきつったのを感じた。
『ああ、妙な子が来たんだよ』
「妙な子?」
高所の狭い足場をものともせずに突き進む。
門までは後少し。
『門番がAKUMAだとか言ってたね』
「は……はぁ?」
まるで他人事のような言い方をするコムイへの呆れを感じた一拍後、遅れて理解したその内容に思わず声が出た。
『あ、もう神田クンが着いたみたいだ』
「……
ももうすぐ着く」
門の向こうからは確かに不穏な空気を感じる。
はゴーレムの通信機能を切ってその場に降り立った。
どおんっ!
土煙が上がる。
「こりゃまた派手に……」
は苦笑いを浮かべてからたんっと門番の真上に飛び乗った。
「変な『子』ってことは子どもの姿か」
すっと目を細め視覚と気配とで相手を捜す。
『あぁっ!?
か!?早くお前も戦え!』
縋りつくような門番の声は無視し(うるさい)、
は立ち昇る土煙をじっと見つめ感覚を鋭くさせた。
「……あれ?」
そしてふと気が付いたように首を小さく傾げる。
「なあ、あれ本当にAKUMA?」
門番、と自分の足元に向け答えを求めると。
「勘違いです!僕はエクソシストです!」
やや離れた場所から大きな声が上がった。
もくもくとした粉っぽい煙が薄らいでゆき姿を見せたのは、白い髪の小柄な少年。
その近くでは長い黒髪をひとつに結んだ剣士――神田が六幻を構えていた。
「「何だと(って)?」」
ぴったりと
と神田の声が重なった。
「門番!!」
神田は
が到着していたことが分かっていたのか姿を見ても特に反応せず、そびえ立つ門番の顔を睨みつけた。
『いあっ!でもよ……!』
しどろもどろで目を泳がす門番を
は呆れた目で見下ろしていた。
疑わしいからってAKUMA扱いかい。
災難だったな少年、と、視線をそちらに向けると。
目が合った。
体を強ばらせ今にも泣き出しそうだ。
「……でっかい左手」
言い方が悪いと気味が悪い腕とも言える。明らかに一般的な人の腕の質感、質量ではない。
そのそばで神田が刀を構え直しているが、彼一人の体くらいならば軽く掴めてしまいそうだ。
「って何でまだやる気なの?」
何故か再び臨戦態勢な神田。少年のこめかみに冷や汗が垂れる。
しかし
は動こうとしない。その様子はこの状態を楽しんでいる風でもあった。
AKUMAじゃないんなら……というか何となく、彼は無害だと感じた。
お得意の勘である。
彼女はじっとしゃがみこんだまま眼下の様子を眺める。
どうやら神田は妙に気が立っているらしい。今し方任務から戻ってきたばかりだろうか。
ふっと息をもらす。
その内神田の刃が少年の眼前でぴたりと止まった。壁際に追いやられた少年は両手を胸の前に上げ降参のポーズを取っている。
「……どっかで見たような光景」
はて、と首をかしげるが、答える者はいない。
――
は気が付いていなかったが、それは調子に乗って神田をからかい過ぎた時の自分の状況そのものであったとだけ記しておく。
は頭の上でぱたぱたと小さな羽を動かすゴーレムを肩に止まらせる。
すると門のスピーカーから。
『開門~?』
と、疑問形の音声とともに門が開けられた。
――
が後から知った話では、彼はどうやらクロス元帥の弟子だったらしい。
あの自己中なおっさんの……と、少なからずその人物のことを知る
はこっそりと同情した。
はた。
いつの間にか外に来ていたリナリーにファイル攻撃を喰らった神田が上を見上げている。
いい加減降りてこいとその目が語っていた。
はよっこらしょと年寄り臭い動作で立ち上がる。
たんっ、と門番の頭のあたりを蹴るようにして飛び降り、 一回転のおまけ付きで軽やかに着地をしてみせる。
「やあ、ミスター勘違い」
がきっ
神田が六幻を振り下ろすのと
が避けるのは同時だった。
「おー怖い」
「てめぇ開口一番がそれか」
「なに、ジョークを絡めた挨拶だ」
「この減らず口が」
ばごん
ファイル攻撃再び。
「神田?なに
に武器を向けているのかしら?」
にこにこと微笑むリナリーにはえもいわれぬ迫力があった。
「……ちっ」
バツが悪そうに神田はさっさとこちらに背を向けた。
「さあ、私たちも中に行きましょう」
リナリーは少年を促し門をくぐっていった。
もその後に少し離れ続く。
より幾分背の低い少年は歩きがてらリナリーと自己紹介を交わしていた。
彼の名はアレンというらしい。
「
」
リナリーに手招きされ
は彼女達のそばまで移動した。
「アレン君、この人もエクソシストの一人よ」
「やあ、わたしは
。これからよろしく頼むよ」
にこりと笑みを作るもアレンはどこか浮かない表情で。
「アレン・ウォーカーです。よろしくお願いします」
少し視線を泳がせながらぎこちない笑顔を返してきた。
はて。
は彼の様子の理由が思い当たらず、心の中で疑問符を浮かべる。
先ほどしっかりと自己主張してきたことからも引っ込み思案というわけではないだろうし、人見知りという雰囲気でもなさそうだが、と考えていると。
「……あ」
ふと
の肩越しにアレンが何かを見つけたように声を出した。
「神田!」
彼の声が向けられた先を
も振り向く。
そこには無言でアレンを睨みつける神田の姿があった。
ちょうど立ち去ろうとしていたところだったのか、呼び止められて不機嫌さが三割ほど増している。
「……って名前でしたよね」
その様子に何かしらの地雷を感じたのか、アレンは声のトーンを落として続けた。
何だか険悪な雰囲気だなこの二人、と
はため息を付く。
敵対姿勢を崩さない神田を見やり、こそりとリナリーに耳打ちをする。
「どうしたんよアレ?」
「……さあ」
リナリーも分からないようだ。
まあ、十中八九ただ気に入らないだけだろうがな、と神田の気難しさや扱い難さを知っている
は二度目のため息を飲み込んだ。
「これからよろしく」
すっとアレンが右手を差し出す。
それを神田は冷たく見下ろし吐き捨てるように言った。
「呪われている奴と握手なんかするかよ」
ぷいっすたすた
「うわー子どもかあいつは」
は呆れた様子で去っていった神田の背に呟いた。
顔を戻すとアレンが
に視線を向けていた。
「? どうした?」
「いえ……」
言いごもった後、再度口を開く。
「……
さんは神田と仲いいんですか?」
「うん?……まあ、悪友みたいなものかな?」
「仲いいわよ二人は」
曖昧に答えた
にリナリーが付け足した。
「だって神田、
の前じゃ笑うもの」
「「えっ」」
リナリーの言葉にアレンは目を見開いて動きを止めていたが、おろおろと一番驚いているのは
だった。
「あれは明らかに
を馬鹿にした笑いだと思うんだが……」
「でも万年仏頂面で嘲笑しかしないような神田が笑うのよアレン君?」
なんでそこでアレンに振るかなリナリー。しかも神田に対して酷い言いようだな。
コメントし辛い話題を向けられた可哀想なアレンに視線を移す。
すると何か戸惑った風な動きをしてから、彼はじっと
の顔を見た。
「あ、あの……
さんって女の方ですか?」
アレンのいきなりな台詞にはきょとりと瞬きをする。
しかしそれも一瞬、次にはにっとイタズラっぽく笑った。
「どっちと思う?」
「えぇっ?」
アレンは困ったように慌てだした。
その反応に満足したように
は笑う。
「ま、君の思うようにとってくれて構わないさ。どちらにしろ大差ないだろう」
「いや大アリだと思うんですが」
「そうかな?」
言って
はけらけらと声を立てて笑う。
困った様子で眉を下げたアレンがリナリーに助けを求めるような視線を向けた。
それに気付いたリナリーは
とはまた違う笑みを浮かべ、
「さあどっちでしょう?」
と、実に楽しそうに答えた。
アレンは笑う二人の前でどうするべきか分からず、ひきつった笑いを浮かべることが精いっぱいだった。