Poisson d’avril



「カーイー」
「何ですかさん?」

 えらく上機嫌なの声にカイは訝しみながら振り返る。

「ていやっ」

 だき。

「えっなっ!?」

 カイが後ろを振り向いた途端、は彼の正面から背中に手を回すようにして抱きついた。
 もちろんカイが彼女にそんなことをされて平然としていられるわけも笑って流すこともできるわけもなく、顔を紅潮させて意味もないのに後ずさりしている。
 一方はずりずりと引きずられながら「細っ」やら「肉ねぇ……」などぶつぶつと呟いていた。
 やがて数秒後、何事もなかったかのように彼女はカイの腰からぱっと離れ、鼻歌を歌いながらどこかへ歩いて行ってしまった。
 残されたのは硬直したカイと……

「……気の毒な奴」

 たった今の光景を最初からすべて眺めていたソルはカイに憐憫の目を向けた。
 ――彼の背中には魚の絵が描かれた一枚の紙ぺら。

 『poisson d'avril』

 直訳すると四月の魚という意味になるフランス語だ。
 今日4月1日はエイプリルフール――嘘をついてよい日、などともいわれるが、この日の発祥の地ともされるここフランスでは、嘘をつく他にも悪戯をして笑い合う日でもある。一番オーソドックスな悪戯は、がやったような魚の絵を気付かれないように背中に貼り付けることらしい。
 面白い事好きの彼女がこの日を見逃すはずもなく、カイはの思惑通りまんまとイタズラに引っかかったわけである。

「団長可哀想……」

 しかしの行いは本来のシンプルな悪戯よりも数段悪質なものだった。
 十代の多感な年頃の少年にするには少しばかり酷なその悪戯に対し、通りすがりの団員達ですらそう呟いてしまうくらいには居た堪れない。
 いくら戦場では威厳とカリスマ性に溢れていようとも、今の姿は不憫でしかない。
 ややあって、のろのろと行動を再開したカイの背中には疲れとも哀愁ともつかない何かが漂っていた。
 背中に紙を貼られたことには気付いていたらしく、自身の手でぺりっと軽い音を立てて剥がすその様子が、何とも切ない。
 周囲の目撃者たちはそんな様子の団長にはらはらとはするものの、下手に声を掛けられるわけもなく、ただ無言で見送ることしかできなかった。

 そんな彼の様子をは物陰からこっそり覗いていた――イヤな笑いを浮かべて。
 哀れ、カイ=キスク。